第11話 カース
「人魚だわ……アダムの
なんのことか解らないエディだが、
アダムが危ないヒトだということは、なんとな~く理解していた。
「中に入るわよ!」
イヴがエディを急かす。
「ハル、今どのあたりなの?」
「旧世界の地図で、イスタンブール近海です」
「イスタンブールねぇ~」
「一度陸路に戻って、日本海側から上陸する予定です」
なんのことか解らないエディだが、
イスタンブールに行くことだけは解った、ソレがどこだかは解らないが。
この手のやり取りが始まると
実際、聞いても解らないのだ。
格納庫に降りるエディ。
こうなると、コンの遊び相手でしかない自分が情けない。
遊び相手といっても、命がけである。
相手は、遺伝子をいじくりまわした戦闘獣だ。
横っ面でも叩かれようなものなら、首と胴体がバイバイしかねないのだ。
エディは訓練のつもりで相手をしているのだ。
あの男と対峙したときに、エディは気後れしたのだ、それが許せなかった。
窓の外を見ると、人魚が未だに並走している。
見たくて見ているわけではない。
コンに思いっきり体当たりされて、窓に押しつけられいるのだ。
人魚は時折、指揮車に食い付いたり、引っ掻いたりしてくるが、傷一つ付けられずにいる。
それでも、向かってくるあたり、知能はほとんど感じない。
ゆえに恐怖も感じない。
ただ、その醜悪な姿に嫌悪感を抱くだけだ。
(アダムの
エディは思った、アダムとは相当、醜悪な存在なのであろう。
イヴやハルの話だと知能は低く、他の生物を捕食するか、駆除するかの2択の判断しかしない不死身の生命体だという。
今は、オリジナル・イヴとの戦闘で体組織の大半を失って休眠中とのことだ。
エディ達は、そのアダムのもとへ向かっている。
イヴの話では、卵のような硬い殻に閉じこもっているらしい。
この人魚とやらも、アダムが地球原生生物に自分の肉を喰わせて、唯一増殖に成功した生物だという。
つまり、この地球において、イヴの遺伝子を引かない唯一の生命体である。
イヴの話では、この人魚以外の生物はすべてイヴの遺伝子を大なり小なり受け継いでいるのだそうだ。
ミジンコからニンゲンまで、すべてだ。
イヴの遺伝子を受け継ぐ生物は、何らかの方法で繁殖し増殖する。
これは、イヴが進化を促すという制約の中で産み出したせいだ。
対してアダムは、個体の維持を目的としているため、不死化したのだそうだ。
そのせいで人魚は、個体数が増えない。
およそ300前後存在しているそうだ。
アダムと同様、身体が破損・老化すると卵まで戻り、また産まれるといった、生命体であるらしい。
ハルとイヴに出会わなければ、考えることすらなかった話である。
なにより、地球が丸いという話は未だに信じられない。
(繰り返される命、呪いでしかないような気がする)
「その繰り返す命を欲して、お前らも随分、悪戦苦闘したんだぞ」
いつの間にかイヴが後ろに立っていた。
どうやら、エディは無意識に呟いていたようだ。
イヴはエディの隣で窓の外の人魚を見つめて言葉を続けた。
「今も、お前たちは不死を願っている。ニンゲンは次の世代に知恵を繋げることより、自身の延命を求め続けた。それゆえに間違った進化を遂げたのだ。
もっと、思いやりのある、
アダムの身体にイヴの知恵を兼ね備えた生物に成りたがっているようだ。
そんな怨念がリリスを生み、リリスはキリストを生んだ。」
「人魚を喰えば、不死になれるのか」
「いや、死ぬか、出来損ないのアダムになる」
「出来損ないのアダム?」
「ああ、抑えられない食欲だけを目的に身体を変化させ続ける化け物だ、進化の終着は自滅だからな、いずれは朽ちてゆく、その瞬間まで意識は保ったままで無に還る、食欲が満たされる僅かな時間だけ我に還る、それが逆に憐れだ」
エディは黙って聞いていた。
「お前が、それを呪いと言ってくれて良かった」
イヴは、エディに笑いかけた。
悲しそうな笑顔であった。
けして、窓に押し付けられている姿を憐れんだわけではないと思う。
ふと、真顔に戻ると
「そういえば、一人だけ、人魚を喰って不死化した後も、変化しなかったニンゲンがいたな、
「興味はない」
エディは首を横に振った。
今は、コンが人魚に闘志を剥き出して、唸りながら窓に顔を押し付けているのだ。
前足で、エディを押さえつけたまま。
それどころではない、もう少しでお腹と背中がくっつくぞ状態だ。
「そうか」
小さく呟くイヴ。
人魚は、窓の向こうから、しきりに爪を立てている。
憐れんだような目で人魚を眺めるイヴは、何を思っているのであろう。
少なくとも、エディの現状は気にならないようだ。
「上陸します」
ハルの声が車内に響いた。
人魚は上陸してもしばらくは追いかけてきた。
腕を振り回し、下半身を引きずり砂浜や岩場を這いずる回る人魚は海中で見るより不気味であった。
ギーギーと鳴き、爪が折れても、お構いなしに飛びかかる人魚は、とても悲しい生物に思えた。
上陸後、人魚も追いかけてこなくなり、はや2日砂漠の真ん中をひたすら進む。
砂漠は海上より退屈である。
昨夜からイヴとエディはオセロに夢中である。
「お前は、隅を取ることに固執しすぎて勝てないのだ」
「いや、隅をとることが勝利のカギだ」
と言い合うのだが、現在全敗中のエディであった。
エディが30敗を記録したころ、
「オアシスがありますが、休息しますか?」
ハルが聞いてきた。
「そうしましょう」
イヴが嬉しそうに答えた。
砂ばかりで飽きていたのだ。
オアシスで水を補給しているエディ。
少し離れたところで、コンとイヴが水場でじゃれている。
微笑ましい光景に見えないのは、
12・3才の少女が、3mのキツネを軽く振り回しているからだろう。
「ハル、アダムってヤツのところまで、あとどれくらいなんだ?」
エディがハルに尋ねる
「この先、10Kmほどです」
「近いんだな」
「えぇ、ここで待ちます」
「誰を?アダムをか?」
「いいえ、アダムの番人をです」
「番人?」
「ええ、ユダをです」
「ユダ?」
「はい、プロトタイプ・キリスト 通称ユダです。
「敵じゃないのか?」
「敵ではありません、味方でもありませんが、エディは気を付けてください」
「どういうことだ?」
「彼は、血を欲します、解りやすく言うと、吸血鬼というモンスターに近いです」
「吸血鬼……実際にいるのか?」
「はい、キリスト誕生の過程で産み出された、最もキリストに近い生物がユダです。日があるうちは活動できませんから、今のうちに休んでおいてください」
(ユダ……吸血鬼……キリスト)
エディは急に背中がヒリヒリとするような不快感に襲われた。
イヴがエディの背中に小さなカニを数匹放り込んだからだ。
夜も更けたころ、格納庫でコンが唸り声をあげる。
コンを枕にしていたエディも刀に手を掛ける。
「夜分に申し訳ない、でも、呼んだのはキミ達だしね、謝る必要はないか。
むしろ、招いておいてその態度とは、恐れ入る」
黒いスーツ、長身痩躯の男。
「ユダか?」
エディは刀に手を掛けたまま聞いた
「紹介はいらないね、イヴ、久しぶりだ」
階段の上で、イヴはユダを
「ハ・ジ・メ・マ・シ・テだと思うけど」
「そう!キミとはね、オリジナルには何度か会ったのでね、つい」
しらじらしく、大袈裟に会釈するユダに、警戒を解けずにいるエディであった。
人魚の次は、吸血鬼?
ファンタジーに路線変更か?
次回 『たまご と にわとり』
いつ日本に着くのだろう?
それは、俺にも解らない。
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