第7話 プロダクションモデル

「きます!」

ブーンという駆動音と同時に、タヌキから銃弾が放たれる。

床!壁!場所を選ばず跳弾し金属音と火花が飛び散る。

バイクを走らせながら応戦するも、どこに撃っているのやら。

走れば広い格納庫もバイクだと機動力を活かせない。

格納庫だけあって遺物が多いのだ。

アクセル・ブレーキ・ターンを繰り返す。

「エディ、上です!」

ハルの指示が耳に響く。

ヘルメットのバイザーに↑の表示と警告音、距離4mからカウントダウンしている。

バイクを強引に反転させ紙一重で直撃を逃れ、距離を置くと、キツネがこちらを睨みつけている。

ゴクリと唾を飲み込むと、キツネはヒュッと横に飛んだ、今度は横から仕留める気でいるらしい。

タヌキは相変わらず、撃ちっぱなしである。

どうみても劣勢であった。

タヌキに対しては弾数が、キツネに対しては判断速度が劣る。

バイク操作と攻撃が同時に行えないのだ。

唯一勝る機動力も室内では半減である。

巨大な遺物は、防護壁にもなるのだが、バイクの機動力を殺してもいる。

タヌキは位置をほとんど変えない。

知っているのだ、壁を背にして、見通しのよい位置取りを怠らない。

さすが、自立思考型である。

1秒毎に賢くなるのである。

こと、実戦においては、その学習スピードは掛け算だ。

どんどんシナプスを構成中である。

火力の強い武器で、防護壁を削られていけば、そのうち逃げ場を失う。

キツネも姿を現したり消したりとヒットアンドアウェイで追い込んできている。

ハンターの本能に、あの攻撃力である。

すべての生物が同じ大きさであったなら、人間は何に勝てるのだろうか?

想像するに、勝てる生き物が思いつかない。

それが倍の大きさの哺乳類である勝てるわけがない。

緑のタヌキ=的が小さく頑丈。中距離支援タイプ。

赤いキツネ=スピード・攻撃力・体力 強化型 近接戦闘タイプ。

けして、連携してるわけではないが、バランスがとれている。

(勝てない)

MP(メンタルポイント)が尽きかけていたとき

「エディ遊んでないで、装甲化しなさい!」

「なんですか?装甲化って?」

「マニュアル読んでないのですか、オレンジの大きなボタンを押しなさい、早く!」

ハルは怒っていた。

自分は頑丈で大きな指揮車両で閉じこもっているだけなのに、

泣きながら必死で逃げ惑う俺を遊んでいるって……。

まさかの後ろからメラミである。

ヒックヒックしながら、コレ?とボタンを押すと、

ゴテゴテしたバイクから、ゴテゴテが剥がれ落ちた。

裸になったバイクは割とシンプルなオフロードタイプである。

レーサータイプに見えていたのは装甲部分だ。

「ハル…なんか壊れた…」

「壊れてません。装甲を身に着けてください。あなたは近接戦闘に特化した武装を持ってます。近接戦闘で戦うスタイルが向いていると判断しました」

「身に着けるってコレ」

と足元に転がる装甲を見つめる。言われてみれば着れそうである。

で着てみました。

ブカブカ・スカスカしてます。

「ハル、動きにくい」

「ベルトのボタンを押してください」

「はい」

MPが尽きるとエディは素直である。

カシャッと音がすると、装甲が身体にフィットする。

青い装甲はカッコいい、テンションがあがる。

「ハル!戦えそうだ!」

エディは泣き止んだ。MPが回復した。


「タヌキから仕留める!」

エディは緑のタヌキに向かって走り出す。

一瞬でタヌキとの距離が縮む。

えっ?

思わず立ち止まってしまった。

(しまった!)

タヌキが照準を補正し、エディめがけて一斉射撃した。

轟音とホコリを巻き上げて、ガランガランと鉄くずが床に落ちてくる。

エディは、正面の銃撃から頭部を庇ったままの姿勢で立っていた。

「エディ!」

ハルの声がヘルメットで響く。

「問題ない」

「解ってます。ただ、チャンスです」

「解っている!」

エディは、緑のタヌキをサッカーボールのように蹴りつけた。

小さなタヌキは壁に叩きつけられ、武装の大半が床に散らばる。

こうなると堅いタヌキである。

「もう緑のタヌキじゃない」

エディは呟くと、刀を抜いた。

つま先でタヌキを宙に蹴り上げ、目線の高さで一閃!

タヌキは横に真っ二つになって、床に落ちた。

ハーフサイズである。


エディはそれでもキュインキュインと動くタヌキの下半身を思い切り踏み抜いた。

バシャッと音がして完全に沈黙する下半身。

上半身は、前足だけで、何かを取り込もうとチュインチュインと細いマニピュレーターがミミズのように這いずり周る。

ゆっくりと近づくエディ。

タヌキの緑の眼がエディを見つめる。

表情などないはずだが、タヌキは怯えているように見えた。

ガシャッ!エディはタヌキの上半身に拳で潰した。


エディが斜め後方に視線を送ると、赤いキツネが小首を傾げながら、エディをじっと見据えていた。

キツネは、エディを観察しているようだ。

バイザーには常に一定の距離でキツネの反応がでていたため、注意はしていたが、襲ってくる距離にはけっして近づいてはこなかった。

エディは、キツネと向かい合い刀を構える。


互いに一足飛びに攻撃できる距離ではない。


「ハル、この装甲は、筋力も上がるんだな?」

「はい、アーマーとしても高い防御力を誇ります。私の装甲ほどではありませんが」

(お前が戦えよ)

「気に入った!」

エディはキツネに向かって走り出した。


――数分後、赤いキツネはさらに赤くなっていた。

が、一向にダメージを与えられない。

傷がすぐに塞がるのだ。

こうなると体力勝負である。

キツネも息切れはしているのである。

しかし、エディも負けてはいない。

ダウンしそうである。

「立てっ立つんだエディー!」

ハルが叫ぶ。

(おちょくってるのだろうか)

自立思考型は、成長するのである。

ハルは成長していた、毎秒成長期である。

会話のパターンも、エディとの距離感も、高まる一方である。

その後も格闘すること数分。

「ハル……限界だ……」

エディが膝から崩れ落ちる。

キツネは4本の脚で辛うじて立っている。

(ずるいよ、脚4本あるんだもん)

エディは泣きそうである。

強くなったと思ったのだ。

勝てると思ったのだ。

数分前のセリフが恥ずかしい。

調子に乗ってしまった。


赤みを増したプレミアム赤いキツネが、エディに飛びかかろうと宙に巨体が舞う!そのとき、エディの脇をビュッと横切る白い影!

ゴフッと血を吐いてキツネは倒れた。

キツネの腹の下から転がり出たのはハルでした。

「ハル、最初からそうしろよ……」

エディは意識を失った。


血と硝煙の匂いが充満する頑丈な格納庫。

とりあえず、辛勝である。


――目を覚ますと、ベッドの上に寝かされていた。

起き上がろうとすると身体中が痛い。

装甲を身に着けたまま寝ていたせいだ。

「ハル、コレ脱ぎたい」

「もう一度、ボタンを押してください」

装甲はプシュッと音を立てて床に落ちた。

「ちゃんとバイクに取り付けなおしてくださいね」

「自動で着くんじゃないの?」

「着きません。着るときも手動だったでしょ」

「あぁ、アレね。そうね。なんか、ごめんなさい」

「漫画だけですよ、叫んで装甲が勝手に装着されるのは」

「はい、着けてきます」


エディは指揮車両内の格納庫でバイクと悪戦苦闘していた。

なんとかマニュアル片手に装甲をつけ終わり、ベッドルームに戻る。

途中、指揮車両を見て回ったが、なかなかの設備である。

寄宿舎よりずっと広いし、設備もよい。

居住空間もある、移動指揮車両だ。


「おうちでずいぶんと暴れてくれたわね」

コーラを飲んでいたエディの頭に声が響く。

「ハル?」

「なんでしょう」

「頭で声がする」

「検査しましょう。さっきの戦闘で脳に深刻なダメージを受けたのかもしれません」

「ソレにアドバイザーが呼んでいると伝えろ」

「ハル、アドバイザーが呼んでいるそうです」

「解りました、行きましょう」

(いやに物わかりがいいな)


ハルに案内されて、エレベーターで地下へ向かう。

なんだか錆びた立てつけの悪いドアを開けると、

50㎝ほどのガラスビーカーに脳みそが浮いている部屋だった。

(気色ワル)

バイオラボよりジメジメして研究所感がなく、牢獄と言った方がしっくりとくる。

「お待たせしました」

とハルが挨拶する。

(えっ、まさかの脳みそに)

奥から、車いすに座った班長が姿を現した。

班長、生きていたんですか。

ちょっと安心するエディ。

思ったのも束の間、

ガクッと何かに乗り上げた車いすから班長の首が転がり落ちた。

「失敗」

とコントローラー片手に姿を現したのは、白衣の幼い金髪少女でした。

「相変わらず趣味が悪い…死体で遊ぶとは」

ハルが皮肉まじりに少女に話しかける。

「なんだか、口が悪くなったわねハル」

とハルを足で小突く少女。


やっとの思いで、しゃべるボールを受け止めかけていたエディの心はキャパオーバーであった。

重装甲タヌキに筋肉キツネ、脳みそに生首に少女。

重たいって、ここ3話くらい。受け止めきれないって。

なぜだろう、骨董品屋の店主が懐かしい。


困ったときのハル頼み。

「ハル、この子は?」

「はい、イヴ・プロダクションモデル・タイプS型」

「だからなに?」

少女は凄みを効かせてエディを上目使いで睨んでこう言った。

「お前の母親だ、敬えよクソガキ」



エディの母親はこの少女なのか?

いや、思い返すに母親は金髪ではなかった。

次回 『フォビドゥン』

キャンピングカーを手に入れたらやることはひとつ。

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