第6話 赤いきつね と 緑のたぬき

メカメカしいタヌキはキューンと機械音を響かせていた。

ガクガクと身体を奇妙にねじると、グッと後ろ足に力を溜めるように体制を整える。

ガンッと音をたて、タヌキはガラスに突進した。

衝撃でガラスに大きなヒビが入る。

ヒビが入って気付いたが、相当に分厚い強化ガラスだ。

これほどクリアに磨き上げられたガラス、どれだけの技術なのだろう。

とっさに頭を両手で庇うエディ。

どうやら簡単には割れないようだ。

タヌキは狂ったように、ガラスに突進を繰り返す。


「あと、4回の突進でガラスが砕けます」

ハルが冷静に話し出す。

ガンッ、言ってる間に後3回だ。

どうひいき目に見ても懐いて胸に飛び込んでくるようには思えない、

あの勢いで飛び込まれたら、きっとキレイに穴が開く。

「ハル!部屋を出る!」

「了解です、エディ」

言うが早いが、ハルは圧縮エアを使って加速する。

マスターのエディはあっという間に遥か後方だ。

(俺……マスターだよな?仮登録だからか?……)

「エディ急いで、強化ガラスが砕けます」

バシャーンという音に反応して後ろを振り返るエディ、

鈍く光る緑の眼がエディを捉えている。

自由にしてもらった恩を感じているようには見えない。

ならば!エディはタヌキに発砲した。

グロッグ17の9㎜弾がチュイン、チュインと表面で弾かれる。

タヌキは発砲されたせいか、突進を止め、

カシャン…カシャン…と距離を詰めエディとの間合いを計っている。

エディはタヌキと向かい合い、右手を柄にかける。

(切れるだろうか?)

鈍い銀色が大半を占めるタヌキの身体、生身と思しき箇所は限られている。

関節部を切り落とすことができればあるいは……。

タヌキという生き物は丸い身体に短い脚、表面を装甲板で覆うとアルマジロのように厄介な防御力を持つようだ。

「少尉伏せてください」

発砲音を聞きつけた第二小隊が通路の向こう側でハンドガンでタヌキを狙っている。

ハルが先導したようだ。

「頼む!」

ガンッガンッガンッと銃声が通路に響く。

伏せたエディからタヌキは目標を後方の5人に変えたようだ。

自身の装甲を打ち抜く火器がないと判断したタヌキは、エディを飛び越えて後方へ突進する。

8秒後、通路にはタヌキを中心にエディとハルが前後に残されるだけとなっていた。

南無三ナムサン!」

叫んだエディは、刀の柄を握りしめ、タヌキめがけて走り出した。

タヌキもエディに向かい走り出す。

すれ違う刹那、

ギィィンと金属音が響く。

(秘剣 雀返し)

「エディ無駄です!そのまま、こちらへ走ってください、扉をロックします!」

刀を握ったまま、走り出すエディ。

タヌキの首の付け根には真一文字の薄い線が付いていたが、ダメージはないようだ。

ググッと身体を入れ替えて反転したタヌキもエディの後を追う。

エディの後ろから、カシャンカシャンと金属音が徐々に迫る。

追い付かれる、その時、エディの脇をハルがすり抜けた。

タヌキに向かって体当たりするハル。

ガィンという重い金属音。

タヌキが後方へ吹き飛んだ。

エディが扉の内側に滑り込んだ。

少し遅れて、ハルが戻る。

「ロックします」

ハルは素早く扉を閉めた。


「エディ大丈夫ですか?」

「問題……ない」

と息切れしながら応えるエディ。

扉にもたれかかりズルズルと座り込んだ。

「ハル……助かった、ありがとう」

「いえ、私の装甲は、核の直撃にも耐えられます。あの試作品では傷ひとつ付けることはできません」

核がなんだか解らないが、エディが思っている以上にハルは頑丈らしい。

背中越しにゴンッゴンッと振動が伝わる。

タヌキはこの扉もぶち抜くつもりらしい。

「ハル、この扉は破られないのか?」

「いえ、あと3分ほどは大丈夫でしょう」

「そうか、早く言え!」

再び走り出すエディ。

ゴロゴロと着いてくるハル。

(さてどうしたものか)


「ハル、あのタヌキを止めるにはどうしたらいいんだ?」

「エディの装備では試作品の破壊は不可能です。装備の強化を推奨します」

「なにかあるんだな、武器が」

「はい、まず可変装甲機……」

「説明はいい、案内しろ!ハル」

「イエス、マスター」


司令室を駆け抜けるエディとハル

「少尉、慌ててどうした?」

のんきな班長には目もくれず、

第三小隊が向かった通路へ急ぐ。

(いやに張り切っているな少尉は、感心、感心)

と満足そうに頷く班長。


このとき5分後の大惨事を誰が想像できたであろうか、いや誰も想像できない。

当のエディですら、想像できなかった。


――ハルによると、この区間はLEVEL S 実戦投入可能な兵器類の格納庫らしい。

しかしエディが最初に立ち入った格納庫とは兵器の質が違う。

現在より遥かに高度な兵器を量産していた旧世界でも、オーバーテクノロジーと云われる類の技術をふんだんに盛り込んだ兵器が格納してある。


エディは第三小隊に司令室に戻り、第一小隊と共に、撤退を促した。

詳しく説明している時間は無かった。

エディに悪気は無かったが、第一小隊は現在、閉じ込められているのである。

このことが、数分後、第二の悲劇を招くことになる。

第三小隊が理解したのは、タヌキが第二小隊を全滅させたということだけである。

事態の70%は伝わったと思うが、タヌキの戦闘能力までは伝わらなかったようだ。


――「エディ、その可変装甲機の認証を行います」

なんだか解らないままに、ゴテゴテとした大型のバイクにまたがるエディ。

「私は、移動指揮車両からサポートします」

「はい」

なんだか解らないが、操作はバイクと同じようだ。

要は、重火器が装備されたバイクなのだと理解したエディ。

エディとハルが迎撃準備に勤しんでいるとき、第一小隊が悲劇を引き起こそうとしていた。


――時を遡ること2分前――

バイオラボでは、閉じ込められた第一小隊の面々は、連絡の途絶えた司令室からの指示は諦め、独自で脱出を試みてた。

方法がいけなかった。

彼らは、ありったけの火器をエディが進んだ方向にぶっ放していた。

残念なことに、バイオラボはマシンラボほど頑丈ではない。

破壊出来てしまった。

通路を進むこと1分、先ほどと同じガラスの筒が1本、中央に建つ部屋に着いた。

ガラスの中には、キツネが1頭…匹と言わないのは、キツネは3mほどの大きさであるからである。

すでに、壊して進むが当たり前になっていた第一小隊の5人は、行きがけの駄賃とばかりにガラスケースを破壊した。

バシャーンと液体が床に飛び散る。

大型のキツネはケースの淵でガラスに串刺しになって血だらけになっていた。

誰も気に留めなかった。

キツネに背を向け、壁を探り出す5人。

キツネがピクリと動いたことには誰も気が付かなかった。

キツネが目を開けて数秒後、5人は床に転がる肉片に変わっていた。

キツネは5人を本能のままに食い散らかし、血で染まった身体は

ヒタリ…ヒタリと司令部へ向かっていた。

肉の匂いがする方へ。


――同時刻司令室――

タヌキが猛スピードで突っ込んできた。

タヌキが緑の眼で司令室をゆっくり1周眺めると、タヌキは通常格納庫へ走り去っていった。

(銀色のタヌキ?)

班長は、本日3杯目のコーラフロートを堪能していた。

タヌキが走り去ること、数分遅れで第三小隊が司令室へ戻った。

通信兵に第一、第二小隊との連絡を促す。

返信は無かった。

小隊長は、班長へエディの伝えたままを報告した。

班長が撤退を判断する前に、ガシャンガシャンと司令室に近づく音。

各自が火器を構え、銃口を通路へ向けると、

暗い通路から、重火器をまとったタヌキが姿を現した。

濃緑色の迷彩武装に包まれたその異様な姿は、小型の爆薬庫が歩いているようであった。

タヌキの緑の眼がチュイーンと横に動く、自身に火器を向けるモノはデリート対象タヌキの背中に取り付けられたサブマシンガンがトタタタタタと軽い音を立てると

バタバタと調査班は床に倒れた。


遺跡調査斑20名全滅。


――エディはマニュアルに目を通していた――

必死である。

ハルは気づいていた、調査班20名の反応が無くなったことに、エディには報告しなかった。

現在、基地内の人型生体反応2名。

2名?

ひとりはエディだ。

もう一人は……?


ゴンッ!

エディが重火器の取り扱いまで読み終える前にロックされている入口が向こう側から破壊された。

半壊した扉から姿を現したのは、

緑色のタヌキ、一回り大きく見えるのは、追加した重火器のせいである。

「ハル、タヌキが武装しているのだが」

「当然です。試作品は自立思考回路搭載型です。格納庫で自らを可能な限り強化したのです。」

「すると、ヤツはさっきより強いということか」

「当然です。私に吹っ飛ばされたので、強化の必要を検討した結果です」

「お前のせいなのか?」

「いえ、リブートはエディの命令です」

それを言っちゃあおしまいである。


タヌキはニヤニヤ笑っているように見えた。

タヌキの登場から遅れること数十秒、

扉から巨体がヌッと表れた。

「なんだアレは……」

暗い赤に染まった、巨大なキツネ。

キツネは餌を見つけて、こちらもニヤリと笑ったように見えた。


「赤いキツネ…と…緑のタヌキ…か」

唇を噛むエディ。

「きます!」

ハルが指揮車からエディに叫んだ。



タヌキを怒らせたハルが悪いのか、起こしたエディが悪いのか、

ただ、2人に悪気はない。

おそらく持って生まれたアビリティにトラブルメーカーが付いてただけだ。

少なくともキツネを起こしたのは彼らではない。

次回 『プロダクションモデル』

遺跡にいるもう一人は誰なのか?

道具屋の店主でないことを祈るばかりだ。

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