第5話 コネクター

愉しげに歩く、エディとハル。

会話だけ聞いていると付き合い始めの恋人のようなのだが、

絵的には、かなり異様な光景となる。

腰に日本刀を携えた軍服の青年が、足元を転がるメカニカルな白いボールに向かい楽しそうに話しかけているのだ。

それだけなら、温かく見守ってあげたくもなるが、転がるボールは、話し返してくるのだ、知的な女性の声で。


ほどなくして司令室。

「エドモンド少尉、戻りました」

班長に敬礼するエディ。

班長は、司令室の真ん中で、ふんぞり返ってコーラフロートを飲んでいる。

エディが見るに、バニラアイスのコーラへの浸かり具合は浅いように思う。

(あれでは、コーラとアイスを別に頼んだほうがいい、コーラにバニラアイスが混ざった層を愉しむのがコーラフロートという飲み物ではないのか?)

エディは、コーラが大好きである。

エリア51の屋上展望風呂でも、コーラ持ち込みで湯船でコーラを愉しむ男。

ちなみに下戸、酒は嫌いで、酔っ払いはもっと嫌いだ。


班長は、エドモンド少尉の足元に転がる白いボールを一瞥いちべつ、すぐにエドモンド少尉に視線を戻し

「コーラフロートでもどうだ?」

と左手で部下に用意を促した。

仮にも遺跡調査斑の班長である。部下数十人を束ねる少佐なのだ。

エディの足元を勝手に動き回るメカニカルな白いボールに興味を示さないあたり能力は推して知るべし。

「ありがとうございます」

とここで敬礼を解く。

「さて、少尉、各班から連絡が入ったのだが……困ったことになっている」

エディは無言で頷いた。

バニラアイスが喉の奥でズキーンとなっていたのだ。

班長は続けた

「例のコードでは扉が開かないらしい」

「例のコードとは、私の」

と言いかけたエディの眼前に班長は人差し指を垂直に立てて突き出し、フイフイと左右に2度振った。

「個人情報は守るよ、それに、このコードは開示制限付き情報になっている。この場で知る者は、私と、小隊長3名とキミだけだ」

「ハイ」

「そこで、少尉に尋ねるのだが、コードはコレで間違いないな」

語気を強めて確認してきた。

小声で耳打ちされたエディは

「間違いありません」

「ふーん、そうなると、別のコードが必要なのか?」

とボソリと呟く班長

ここで、ハルが会話に割って入る。

班長の隣に椅子を用意され、腰かけていたエディ、ハルはエディの膝のうえでおとなしくしていたのだが、会話はしっかりと聞いている。

「エディよろしいですか?」

発言の許可を求めてきた。

「なにか知っているのかハル?」

「もちろんですエディ。この基地のことは、起動時からすべて記録してあります。この基地で知らないことはありません」

自信たっぷりである。

「基地内の解除には正しいコードを打ち込んだ人物の指紋が必要です。つまり、入口で登録していない人物がコードを打ち込んでも反応しません。

扉にはセキュリティが掛かってます。

なお指紋+共通コードで開くのはLEVEL Bまでです。A及びSの開閉には網膜登録とアーカイバーにのみ配信される12桁のコードが必要です。配信は1時間ごとに行われ、消去と交信を繰り返します。つまりアーカイバーのマスター以外の開閉は不可能です」

班長は何を言っているか理解できなかったが、エディの誕生日では開かない扉があるということは理解した。

何の疑問も持たずに班長は白いボールに話しかけた。

「開かない扉はどうやったら開くのかね?」

「現在、この基地内には人型は22名の生体反応があります。LEVEL B以上の解除が可能なのは、私のマスターであるエディだけです」

「だそうだが、少尉、第一小隊への合流をお願いできるかね?」

「ハッ、エドモンド少尉、第一小隊と合流いたします」

と、立ち上がりふたたび敬礼する。

「ところで少尉、少尉の行った先で、なにか面白いモノは無かったかな?」

「とくに報告するようなモノは何も」

嘘をついたわけではない。

本当に動きもしない兵器を報告する必要はないと思ったのだ。

「そうか、では、その通路の調査は省くかな、少尉、行く前に見取り図に記入してくれないかな」

エディはボールペンで定規も使わず、およその目分量で通路と格納庫のスペースを記入した、随分いびつな凸の真ん中に、[壊れた遺物多数]とだけ記入した。

見逃すあたりは、やはり班長の能力は推して知るべしである。


第一小隊と合流したエディは、ハルに扉を解除させた。

中に進むと、直径1m、高さ3mほどのガラスの筒、水で満たされた筒の中には大小様々な生物が保管されている。

30個の筒が等間隔で5×6で並んだ広い部屋だ。

中には、見たこともない生物も混じり、なかなかにインパクトのある部屋なのだが、無機質な機器に囲まれた広い部屋、筒の中身より、淡々と記録を取り続ける静かな駆動音をたてる周囲の機械群のほうが不気味である。

小隊5名がざわめくなか、エディはハルに尋ねた

「ここは、なんだ?」

「ここは、バイオラボです。地球原産種と他惑星種のハイブリットを目的に創設されたLEVEL A指定の施設です。司令室から入室は可能ですが、戻るには別の専用通路からお願いします」

「出れないの?」

「出れますよ。出口が別になるだけです。セキュリティをクリアしなければなりませんが」

「あっそう、でれるならOK」

「あっ、ところで、この筒の中なに?」

「サンプルです。失敗作とも言います。試作型はこの先に1体コールドスリープ状態で保管されていますが、ご覧になりますか?」

「気持ち悪いんだろ?いいよ別に」

「気持ち悪いかは主観的な問題ですのでお答えしかねますが、ベースはキツネです」

「キツネの標本か、興味ないよ、キツネって食べれるの?」

「私の記録ではキツネを食糧にしたデータはありません。しかしキツネの名を表記した食糧のデータはあります。読み上げますか?」

「いやいいよ、食べれないなら任務外だ、他の小隊に合流しよう」

「解りました」


ハルのおかげですんなり司令室に戻れたが、ハルなしでは閉じ込められることは確実である。

エディに悪気は無かった。

第一小隊は閉じ込められていた。


第二小隊に合流したエディとハルは、先ほどよりもさらに大きな部屋の中にいた。

先ほどのバイオラボと違い、こちらは、兵器満載である。

ハルの説明によると、マシンラボなる施設は、生体に機械を埋め込む実験施設であるらしい。

作りかけの兵器類の数々は、小隊の興味を惹いていた。

ハルの話では、ここにも試作品のタヌキが保管されているとのこと、

タヌキは食べれるのである。

「ハル、タヌキが見たい」

「では、案内します」

エディは食糧には興味を示す、軍属としてどうかと思うが、

今の彼の任務は扉の開錠ではあるが、忘れてはいけない、彼は食糧調達部隊の所属なのだ。

いくつかのセキュリティを抜け、着いた部屋の中央に3m四方のガラスに覆われた容器にメカメカしいタヌキが1匹……1体。

すでに匹ではない外観。

(食べれそうもない)

身体中に色とりどりの線で繋がれた、もとタヌキ。

飼われているようにも、保存されているようにも見えない。

「生きてるのかアレ?」

「生きてるという表現は適切ではありません。この試作品は非稼働状態です。稼働させますか?」

「動くの?生き返るってこと、じゃあ、生き返らせてあげてよ、山に帰してあげようよ、この辺タヌキいっぱいいるし、個性的になっちゃってるけど、受け止めてくれるよたぶん」

(外見で差別するのは人間だけだ)

エディは動物の無垢な部分を信じているのだ。

「では、リブートさせます」

ハルの装甲が割れ、細いマニピュレーターがピシュッと伸びる。

チカチカ光る机にマニピュレーターが差し込まれる。

パシュッと音を立てて、タヌキの身体から線が外れていく。


カチャンと軽い金属音の足音をたてタヌキは1歩、エディに近づいた。

その眼は鈍い緑の光を宿し、ガラスの向こうでエディを無機質に捉えていた。



動き出した生体兵器。

閉鎖空間となった遺跡のなかで、生きて日の目を見れるかエディ。

次回 『赤いきつね と 緑のたぬき』

いよいよ、刀を抜くかエディ。

ネバダ州リンカーン群にタヌキやキツネがいたのか?

そんなこと、俺は知らない。ウィキペディアにも載ってない。

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