(11)
月日が流れ、気付けば、高校生活も終わりを迎えようとしていた。
真理とはあれ以降ほとんど会話を交わさず、それに拍車をかけるように三年生ではクラスも別々になった。
俺、真理、純がそれぞれ別のクラスに。
タイミングよく、そこは前のときと同じ道を辿っていた。
もしかしたら、至る過程は異なれど、向かう終着点は同じなのかもしれない。
純と真理は付き合う。という、俺にとって最悪の結末へと。
だとしたら、神様は俺に何故やり直しみたいのをさせたのか。
それに対して、神様は相変わらず答えてはくれない。
天を見上げてみても、澄んだ青色の空だけが学校の上には広がっていた。
「羽馬先輩」
「ん?」
俺を先輩と慕って呼んでくれる唯一の後輩で、共に散った戦友の――真白音流が、同じように横で空を眺めていた。
「もう……卒業なんですね」
「ああ、そうだな」
あっという間の一年だった。
全く中身のない、ありふれた学校生活を送った。
「寂しいか? 泣いてもいいんだぞ」
冗談半分にそういってみる。
何だかんだで、自分が卒業してくれるのを寂しがってくれる相手がいると嬉しくなるものだ。誰かに必要とされている感がある。
「………………」
横にいる後輩の反応は、無。
可愛げのない後輩だな。
真白は踵を返し、俺に背を向けた。
「……ここでは泣きません。先輩はまだ卒業されてませんから。式のときにまで、ちゃんとそれはとって置きます」
前言撤回だ。
いい後輩を俺は持てたな。
「そうか……」
「あっ、でも、勘違いしないで下さいよ! 先輩を尊敬はしていますけど、他意はありませんからね。そこは間違えないで下さい」
ばっと振り返り、慌てて真白が訂正してくる。
「するか。俺は真理が好きなんだ。それに、お前だって……」
紡ごうとしていた言葉を、途中で俺は止めた。
「いや、それをここでいうのは野暮だな」
女子の好きな相手の名前を学校で口にするなど、不用意にも程がある。
「先輩」
真白が優しい笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
「ありがとうございました」
「……お前に感謝されるようなこと、俺したっけ?」
助言に近いことをした覚えはあるものの、大した行いでもないし、かといって他にした記憶があるかといえば、俺は思い浮かばない。
「特に意味はありません。あたしがしたくなったので、しただけです、気にしないで下さい。じゃあ、失礼します」
よくわからない後輩だ。
一礼して去っていく真白を、俺は軽く肩をすくめながら見送った。
◇ ◇ ◇
そして、高校生最後の日――卒業式を迎える。
式は公共施設を貸し切って行われた。
卒業証書授与や校長の言葉など、進むにつれて徐々に感極まる生徒も見受けられた。それを横目で、悪くいえば冷めた気持ちで眺める。
俺の目からは、もう一滴の涙も出はしない。とうに枯れ果てていた。
そうして、卒業式が終わり、広いロビーで各々が談笑をし始める。
俺もクラスメイトと適当にやりとりをしつつ、ふと視線を辺りに移したとき、奥で話す純と真理の姿を捉えた。あの二人が話しているのを見るのは久しかった。
行こうとして足を踏み出しかけるも、行ってどうするとの理性が働く。
それに、純がどうしようとも、それは純の勝手だ。俺に妨げる権利はない。
そうやって優柔不断に逡巡していると、純と一瞬視線がぶつかる。
あいつは無様な俺を嘲笑でもするか。そんな被害妄想をしていた俺に、純は普段と変わらない澄んだ表情で見つめるくるだけで、特に感情を顔を表したりはしなかった。
真理は俺に気付かずにその場を離れ、純も後を追うように視界から消える。
以降、俺があの二人の姿をまとも捉えることはなかった。
頃合もよくなり、俺は会場から抜ける前の最後の挨拶をしようと、後輩の真白に近付いていった。
「真白、ちょっとだけいいか」
「あっ、はい」
真白を連れて、人の集団から少し外れた場所に移る。
「羽馬先輩。改めて、卒業おめでとうございます」
にこやかに称えてくれる後輩に、俺も小さく応える。
「その、あれだ。今までいろいろと迷惑をかけて、すまなかったな」
「いえいえ! それはこちらこそですよ」
頭を下げる俺に、真白が頭を振る。
「短い付き合いだったけどさ、これからも頑張れよ。たかが一回の失敗したぐらい気にするな。お前の未来はまだまだ明るいんだ」
少々説教くさい感じになってしまった。
中身の年齢で考えるとそれなりに離れているとはいえ、ここではたった一つしか離れていないのだ。何を偉そうにとも思うだろう。
真白は最初戸惑うも、すぐに小さく吹き出して笑みをこぼした。
「先輩だって、まだまだ明るいじゃないですか。諦めないで下さいよ」
「まあ、そうだけどもだ……」
既に人生で幾度も失敗して、今度も暗い未来が待っている気がしてならないが、それは俺の心に留めておく。
「それに、あたしと先輩の付き合いはここで終わるとも限りませんよ。もしかしたら……! とか」
健気に振舞う真白に、自然と和み癒される。
真理にはいい後輩を紹介してもらった。
「かも、な」
異性というよりも小動物を愛でるように、俺は真白の頭に優しく手を置いた。
「じゃあ、またな」
「……はい!」
真理とのやり直しはうまくいかなかったかもしれない。今後も、多くのことがうまくいかないかもしれない。
それでも、明るいかは不明だったとしても、俺の未来全てが必ずしもそうなると決まったわけではないのだ。多分。
真白のいう通り、諦めないでやっていってみるのもいいはずだろう。
これから踏み出すのは単なる一歩、でも新しい一歩だ。
輝く太陽の下に出ると、俺はめいいっぱいに腕を伸ばした。
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