命短し恋せよ乙女22


 互いに相手を見て散開する。


 照ノの相手は威力使徒だった。


 蔵物は既に開いたらしい。


 奇跡倉庫。


 一部の威力使徒にだけ許された聖遺物の貯蔵庫。


 元々異界倉庫として存在し、空間錠で固定された形無き宝庫だ。


 威力使徒が手に持っているのはバルムンク。


 竜殺しの一振りだ。


外典級アポクリファでやすか」


 英雄級ヒーローズ聖典級カノンとは別系列の奇蹟。


 たしかにドラゴンを相手にするなら利便性もあろう。


「そこに至るかは……また別の話でやすが」


 ヒュン。


 剣閃が鳴いた。


 辛うじて避ける照ノ。


 キセルも扇子も取り出す隙が無い。


 一手で終わらせる気の威力使徒だった。


 瞬く間に剣閃が五度閃いた。


 全てを避け能う。


「化け物」


「でやんすなぁ」


 少なくとも人間ではない。


 受肉霊が正しいか。


 元は神様だ。


 それだけの遍歴は重ねてきているつもりでもあったし、何より日本国内で彼を相手取れるのはそうは居ない。


 バルムンクが襲う。


 ただ、「道理が無い」が照ノの率直な感想。


 ぶっちゃけるなら未熟。


 剣の威力と身体能力の強化は……なるほど脅威と呼べるレベルにはあるだろう。


 ただ、その数値の最適化が為されていない。


 これではアルトと対峙しているサムライの方が、まだしも照ノに一撃食らわせられるというものだ。


 もちろん面倒事が嫌いなため、威力使徒を相手取ったのだが……だからといって具合を気にする照ノでも無く。


「火鬼」


 彼は式神を具現した。


 辺り全てを焼き払う炎の鬼。


 元々は将棋の駒だ。


「きくものか!」


 バルムンクで火鬼を斬り滅ぼす。


 魔術抵抗のあるカソック……加護の装束は、二次変換を遮断する。


 ならば話は簡単だ。


 ――フィジカルに頼れば良い。


「フッ」


 脱力。


 そこからの加速。


 拳がめり込んだ。


 瞬歩とでも呼ぶべきか……歩くように一瞬で間合いを詰め、その速度のまま拳が威力使徒に打ち込まれた。


「が――――!」


 威力使徒の呼気が逆流する。


「別段魔術や奇蹟だけが持ち味でも無いでやんすよ」


 述べる照ノの意見は平坦だ。


「事実を述べている」


 それ以上の感情を見出せない。


 更にだめ押し。


流星あまつきつね


 炎がオーラとなって照ノに纏わり付く。


 瞬間的な超移動。


 其処から繰り出される拳と蹴りは、あまりに高次元だった。


 普通に意識を保っている威力使徒が根性の有無を問われるべきで、あらゆる意味で照ノは威力使徒の全てを超えていた。


「げ……あ……」


 既に威力使徒はグロッキー。


「さて、どうしやす?」


 挑発ではない。


 降参の勧めだ。


「異教徒がぁ!」


「でやすなぁ」


 否定も面倒なので、照ノは相槌を打った。


「もっとも聖書の文言が最も戦争を産んだのは承知しやせ」


「貴様ら異教徒がいるから!」


「否定はしやせんよ」


 別に宗教議論は、ここで必要な類ではない。


 バルムンクの斬撃。


 悉く躱される。


「疾――!」


 中指一本拳人中打ち。


 あまりに強烈な一撃。


「――――――――」


 声にならない悲鳴。


 意識がシャットアウトして、闇に飲まれる威力使徒。


「うーむ。キリエ」


 十字を切る照ノだった。


 一番簡素な戦力だ。


 別に本気を出さずとも下せる相手。


 日頃からクリスの相手をしているせいか。


 完全に慣れた物だった。


 夜の結界。


 ただし輝かしい場。


 光の聖剣のおかげだ。


 アルト大公。


 彼ある限り、人は闇に呑まれない。


「であればこそ……でやんすか」


 アルトはサムライと剣を合わせていた。


 手伝っても良いのだが、


「ソレも不敬でやすね」


 照ノはそう断じる事で、アルトに関する闘争の利権には手を出さない事にした。


「それにしても」


 とは政治的な思考。


 状況に対する破格性の加減で……照ノたちは巻き込まれただけにしても……相手方の侵略性は照ノですらドン引きするほどだ。


「まさか龍人まで呼び寄せるとは」


 そっちはそっちで大変な事になっているのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る