命短し恋せよ乙女23


「剣を合わせる前に名乗りませんか」


 アルトはサムライに呼びかけた。


「僕はアルトと言います。そちらは?」


 輝かしき聖剣を手に、純朴にアルトは尋ねる……その聖剣の名を知らぬモノは二次変換の奏者の中には居ないだろう。


「……疾剣斎」


 サムライ……疾剣斎は、そう二つ名を名乗った。


 和刀をスラリと抜く。


 アルトの聖剣と疾剣斎の和刀。


「「――――――――」」


 威圧が膨れあがり、互いの領域を侵食して喰らい合うので、まるでそこだけ異界とも評せるパーソナルワールドだった。


 振るうのは同時。


 キィンと清澄な剣撃が打たれる。


 聖剣と和刀の打ち合う音だ。


 一度に聞こえるが三度の打ち込み。


 まさに雲耀の速さ。


 疾剣斎。


 剣の疾さには一家言あるのだろう。


 金属音がかき鳴らされ、剣閃がまるで太陽のように閃くのは……アルトの信仰の深さ故だとしても、サムライ……疾剣斎の剣の閃きもまた劣ってはいない。


「なるほど。手強いですね」


 西洋の剣の術理が通じない。


 その意味で疾剣斎は確かに脅威だった。


 刀が振り抜かれる。


 聖剣で受け止めるアルト。


「速い!」


「そちらこそ」


 疾剣斎の言葉は感嘆だった。


 異常に特化した剣術。


 その相手を務められる敵手は希少だろう。


 まして敵うとなれば更に貴重……それだけで二人は世界を構築し、そして何より没頭に値するのであった。


「――――」

「――――」


 キキキィン!


 重なる剣の悲鳴。


 一手神速の剣が丁々発止する。


 山の中……と言うのも大きい。


 木が邪魔になる斬撃ではないが、木樹を足場に疾剣斎は空間的に跳ねる。


「わお」


 アルトは驚愕した。


 剣の術理で負けてはいない。


 しかれど、それにしても体さばきには、やや懸念がある。


「天狗ですか」


 東洋の神秘だ。


 清澄な剣の音。


「後手後手ですね」


 それも事実だった。


 たしかに決定打に欠ける。


「手助けしやしょうか?」


 照ノが尋ねる。


 既に威力使徒は無力化していた。


「いえ、兄様のお手は煩わせません」


 誠心誠意の御言の葉。


「となると」


 心眼を展開する。


 斬撃。


 打ち払う。


 更なる斬撃。


 ギリギリで躱す。


「そこ!」


 聖剣が振るわれる。


 アルトの斬撃は、ただ残像を斬った。


「人は極めるとこんな事が出来るんですね」


 サラリと感心する。


「射ァァ!」


 疾剣斎が襲う。


 狙いは首。


 アルトは、


「――――――――?」


 躱さなかった。


 怪訝な目になる疾剣斎。


 疾風の如き剣の速さたるや、雲耀の域だった。


 それは純粋にアルトの首を断つだろう。


 ――普通ならば。


 アルトはあえて、防御も回避もしなかった。


 疾剣斎が感じたのは、まるでコンニャク。


 疾剣斎の剣は確かにアルトの首を襲った。


 普通なら一刀両断で即死だ。


 だがアルトは『まともでなかった』のだ。


 先述の如く、コンニャクの感想。


 疾風の剣は、グニャリと柔らかい肌に食いこみ、けれどそれ以上の侵入を阻んで、ただ押しただけのニュートン現象と相成った。


 斬撃の威力は上々。


 なのに柔肌は、食いこむ事はあっても、決定打には程遠い。


「何奴?」


 疾剣斎が尋ねる。


「どこか別の国の王様ですよ」


 アルトは殊更、自慢や増長とは縁が無い。


 本当に何でも無く、言ってのける……あまりといえばあまりな簡素な言葉にはどう形容のしようもない。


「それでは続きと参りましょう」


 光り輝く聖剣を構える。


「くっ」


 アルトの言葉は挑発だ。


 それは疾剣斎にも分かってる。


 実際問題、剣を重ね合わせた分だけで、疾剣斎の和刀にはガタが来ている。


 切れ味が落ちているのだ。


 むしろ当然の結果であろう……「そうでは無い」方が異常であって……なによりアルトの剣は「そうでは無い」のであった。


 対するアルトの聖剣はむしろ輝きが増していた。


 綻びの一つもない。


 何者をも凌駕する剣と鞘。


 聖剣に相応しい能力だった。


「斬る!」


「応さ!」


 そして二人の剣士は、ぶつかった。

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