命短し恋せよ乙女08


 夕餉。


 大食堂。


 豪勢な料理を食べていると、


「ただいま」


「お父さん」


 真駒の父が、顔を出した。


「ああ、エリスか」


 疲れた表情だ。


 そして照ノたちを見渡す。


「こちらは私の友達です」


 そうエリスが紹介する。


「お世話になっております」


 クリスが慇懃に一礼した。


「ああ、これはご丁寧に」


 すこし年季の入った男性――真駒氏が、穏やかに笑った。


 優しさが滲んでいる。


「我が家のように使ってくださって結構ですから」


 大らかな性格らしい。


 照ノとアルトにも笑顔を見せる。


 男が混じっても関係ないという事か。


「旦那様、御食事は――」


「外で食べてきました。とりあえずエリスと友人を歓待してあげてください。こちらはこれで」


 そう言って、食堂を出る真駒氏だった。


「…………」


 チラリと照ノは玉藻を見る。


 御前はニヤリと笑った。


「つまりそういうことやんすよねぇ」


 甘鯛の開きを口に放り込む。


 魚の旨みが広がった。


 美味である事に相違ない。


 そしてそれが嫌味でもない。


 一言で述べて職人芸だ。


 夕食をとり終えて、照ノは風呂に入る。


 昨日も使った温泉だ。


 真駒の家の、浴室である。


「シャワー千両、お風呂万両」


 ふい。


 しなだれて湯に浸かる。


「照ノ兄様」


 アルトがすり寄る。


「今日は何をされたので?」


「ジルと海水浴」


「ああ、結界の」


「そ」


 嘘は吐いていない。


「ジルは何と?」


「好きだと」


「兄様は魅力的ですから」


「アルト公にとってもかや?」


「それはもう」


 言葉に嘘はなかった。


「例えば小生が『抱かせろ』と言ったらどうしやす?」


「身を捧げます」


「そんな気持ちでやすかねぇ?」


 昨晩のエリスを思い出す。


「何か困った事でも?」


「人生万事天中殺でやんす」


 中々、否定も難しい。


「御前は何を?」


「何でやしょ」


 それは本当に照ノも知らない。


 そんな感じで風呂に浸かる。


「兄様になら良いのに」


「エッチな事は」


「いけませんか?」


「あまり自分のコピーも見たくはありやせんな」


 そればっかりは本音だった。


 古来から人と神の禁じられたラブロマンスは多々語られることではあるも、照ノに限って云えば自分の血を分けて生まれる子どもが「荒魂とならない」方向にチップは乗せられなかった。


「僕なら大丈夫ですよ」


「性病も怖いでやす」


「処女なんですけど」


「冗談でも言いなさんや」


「照ノ兄様だからです」


「懐かれたわけでやんすな」


 サラリと照ノ。


「好きですよ」


「ありがとうございます」


 心がこもっていなかった。


 今更ながら……ではあれども。


「しかし真駒氏はお疲れ気味でしたね」


「でやすねぇ」


「何か?」


「何か」


「知ってるんですか?」


「殊更何も」


 事実だ。


 そして、多分玉藻は知っている。


「難儀な憂き世でやす」


 それだけで精一杯な照ノ。


 実質何も知らじ……ただエリスの悲哀と覚悟のみが胸を打つ。


 けれど同じだけの納得もしていた。


 受肉神とは言え、ミズチは竜の劣化版だ。


 日本神話でも天津神……いわゆる全天に対して弓を引いた最古のテロリストや、あるいはアジア全域を震撼させ……結果として伝説になってしまった最古にして最高の妖狐に比べれば可愛いモノではある。


 比較対象が重すぎるのもまた事実。


「兄様の重荷なら僕が背負いますよ?」


「限界が来たら頼り申しやす」


 今回の件を、背負わせる気は無いにしても。

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