命短し恋せよ乙女09


 風呂上がり。


 照ノは、夜の冷えた縁側の廊下を歩いていた。


 寝間着姿。


 首にはタオルを引っかけて。


 海が近い故か……比熱も高く避暑にはピッタリの涼やかな夜風を浴びて、短歌の一つも謳ってみたり。


「政府も何を考えているのか……」


「何も考えていないからこうなったのじゃろう」


 通りすがりの一部屋から、そんな会話が聞こえてきた。


 前者は真駒氏。


 後者は玉藻御前だ。


「……………………」


 チーンと鈴の鳴る音……は比喩表現としても、オノマトペとしては限りなく正解に相似するものだった。


「なんの話でやすか」


 スラリと襖を開けて、照ノは乗り込んだ。


「おや」


 意外そうな玉藻。


「ぐ」


 苦手そうな真駒氏。


 殊更に強い立場でも無いのだが、少し無理を利かせて事情を聞かせようとアイトゥアイで駆け引き。


「政府……と聞こえやしたが?」


「エリスの友達には聞かせられない話ですよ」


 掣肘する真駒氏。


「政治的な問題ぞな」


 むしろ玉藻は肯定した。


「御前!」


「此奴なら大丈夫じゃよ」


 何の根拠もなく、御前は言ってのける。


 いや、根拠はある……それもむしろ果てしなく。


 元が天津神故か、悪神であり魔術の世界に於ける定義上モンスターには分類されるも、それは玉藻御前も同じはず。


「しかし……!」


「政府が何か?」


 この場合は日本の、だろう。


「わらわ以上に顔が利く。巻き込んだ方が得じゃな」


 玉藻御前がそう述べた。


「何者ですか?」


「単なる一魔術師ですよ」


 大嘘ぶっこくにも程がある。


 玉藻はカラカラと笑った。


「いやいや、ご謙遜」


 面白くて仕方ないらしい。


「結局何者で?」


「単なる一魔術師じゃの」


 玉藻も繰り返す。


「信用して宜しいので?」


「元より」


 頷く玉藻。


 唖然とする真駒氏。


「最初からそのつもりで?」


 照ノは半眼だった。


 彼にしては珍しい。


 普通なら彼の方が半眼を向けられる立場だ。


 大凡、無理、無茶、無謀、の三姉妹を引き連れる方で、色んなところから……それこそ色んなところからツッコミの嵐を受けるのが常道だ。


 ツッコミ側に回るのは珍しい。


 むしろそれだけの異常事態と云う事だろう。


「それで何か?」


「政治家の意見調整に時間がかかっているという話です」


 真駒氏は、簡潔に述べた。


「ああ、御流様」


「然りですな」


 頷かれる。


「何か問題でも?」


「政府としては魔導災害の認定可否を問われています」


「どんな理由で?」


「人身御供」


 それは、


「エリスでやんすか」


 そう相成る。


「はい。我が娘を、御流様の生け贄に」


「政府が座視しないと?」


「肯定派と否定派がせめぎ合っております」


「そういうことじゃ」


「それで玉藻が」


「然りじゃな」


 カラリと笑われる。


「近日、贄にするのでやしょ?」


「そうすると否定派に口実を与えてしまいます」


 御流様……ミズチ……その否定派は、倫理に則り、犠牲となった人命を尊重して、肯定派を封殺する。


 そういう力学だった。


 肯定派は、ミズチの繁栄によるメリットを好む。


 否定派は、ミズチの供物によるデメリットを好む。


 この状況で、エリスを人身御供にするのは、


「否定派に攻撃の口実を与える事になる……と」


 そんなわけだ。


「それでエリスを使いづらいと?」


「そう相成ります」


「政治面を考えればの」


 真駒氏は深刻に、玉藻は歓楽に、それぞれ述べる。


「にゃるほど」


 照ノも頷きこそしたが、「事の厄介さ」には頭痛を覚えた。


「さて……そうなると」


「相手方は、こちらの動きを待っていますね」


 真駒氏が真摯に述べる。


「ソワカソワカ」


 他に述べようもない。


「で、結局否定派は何をしたいので?」


「税金の問題です」


「税金?」


「都市開発……ですね」


 ――それで神に喧嘩を売るのもどうかと。


 真摯にそう思う照ノであった。

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