命短し恋せよ乙女06
「ふむ」
示された地図を元に、照ノは山を歩いていた。
何時もの喪服に紅羽織だ。
山道を歩く格好ではないが、不思議と違和感はない。
――照ノらしい。
素直にそう思える風体だ。
口には宇羅キセル。
タバコに火が点いており、喫煙している。
魔術の火だが、二次変換は現象を表わす理なので、火として生まれたモノは着火した時点で火足り得る。
「まだかや」
「もう少し先でやすな」
そんな中……この場合は山の中という意味で……照ノと並行して、玉藻御前も、山道を歩いていた。
「
「じゃの」
二人は拝謁するために山に来ていた。
さて鬼が出るか蛇が出るか。
しばらく地図を頼りに歩いていると、拓けた場所に出た。
滝がある。
川の最上流だ。
国破れて山河あり。
中々の絶景と言えたろう。
「何者為るや?」
滝から声が聞こえた。
「この土地の人間の匂いではないな」
どこかしら高尚な声ようで、しかし二柱には自然に聞こえる性質の尋ねでもあり、悪い意味で親近感を覚える。
「鼻が利くようで」
「じゃの」
滝に向かって、嘲笑した。
二人……二柱揃って。
滝が変質して、鞭のようにしなったかと思うと、それはまるで蛇のように水をくゆらせ、アギトを開いた蛇の模倣品と相成った。
その現実を二人は知っていた。
「ミズチじゃの」
「然りでやす」
特に驚くことでもない。
ミズチ。
『
と書いて読む。
竜の一形態で、水属性のエレメンツだ。
「受肉神ではないか」
玉藻が平然と述べる。
「こやつが件の悪神で?」
「繁栄をもたらしているのじゃから……」
「…………」
「さてどうじゃろ」
肯定はしようにも出来ないらしい。
明朗な玉藻御前にしては慎重のようだが、まず背景を知らないので安楽椅子探偵でも無ければ安易な肯定は出来ないのだろう。
「さて」
照ノは玉藻に付き合わなかった。
「人身御供を欲しているのは本当か?」
「然りだ」
「趣味の悪い」
「無条件で人間を助けろと?」
「ソレは嫌じゃな」
簡潔に玉藻が同意した。
実際に、邪悪な妖怪としては、人間なんぞ塵芥だ。
それは照ノも同じ。
問題は、
「その人身御供がエリスってだけやんすよねぇ」
全く以てままならない。
「よくもまぁ魔導災害に指定されやせんな」
「繁栄によるメリットが大きいのだろう。我は知らぬ」
「ご尤も」
重ねるが、心情的には、照ノもミズチ寄りだ。
神の傲慢さは、今に始まった事でもない。
「ま、いいでやしょ」
フーッと、煙を吐いた。
「小生がどうにかすることでもないでやんす」
そんな感じに諦める。
「わらわからは少し」
玉藻が言葉を繋げた。
「何だ?」
「仮に滅ぼすとしたら、どんな目が良い」
「調子に乗っているのか――?」
水の竜が、アギトを開いて威嚇する。
中々のプレッシャーだが、二人はまるで堪えない。
この程度で、萎縮していては、週に一度は死んでいる。
「…………」
照ノはフーッと紫煙を吐いた。
気楽に喫煙している。
玉藻はもう少し過激だった。
「鳴神」
尻尾の一本が、バチッと電撃を帯びる。
それは川に流され、ミズチを襲う。
「――――――――」
苦悶の悲鳴が上がった。
「きさんのやる事にケチを付けるつもりはないが、わらわに舐めた口をきくでない」
不遜。
まさにソレそのもの。
「討伐されたくなければ、慎重に言葉を選ぶんじゃな」
「何者為るや?」
「玉藻と申す。白面金毛九匹の狐…………の方がわかりやすいじゃろか」
「小生に聞かないでくれやっせ」
照ノはタバコを吸った。
「我を滅ぼすか!」
「気分次第じゃの」
サラリと玉藻は述べた。
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