アルト公の想う者22


 お盆の一週間前。


 近場の河川敷には出店が並んでいた。


 照ノは、曼珠沙華の意匠をあしらった紅羽織で、人目を集め、ビールとタコ焼きを持って、夕餉としている。


 クリスとアリスとジルとエリスとアルトも、各々好きな物を買って、口に含んでいた。


『花火大会』


 その絶好のポイントだ。


 同市の市民が一斉に河川敷に集まっていた。


 照ノたちは、その隅っこで、出店で買った飲食物を取りながら、花火の時間を待つ。


 照ノとアルトは、ビールを飲みながら、談笑している。


「連れてきてくれてありがとうございます」


「いや別に」


 謙遜ではない。


「花火を見るだけなら、河川敷に来なくても良いんだがな」


 アパートのベランダからでも、余裕で見られる。


「でもこういう空気が楽しいです」


「そりゃ重畳」


「えへへ……」


 可憐な浴衣姿で、照ノに距離を詰めるアルトだった。


「むー」


 エリスが逆側から詰め寄る。


「照ノはデレデレしすぎ」


「愛らしいでやすから」


「不潔よ」


「エリスが愛らしいのが?」


「ふえ?」


 ボン、と赤面する。


「可愛いでやすよ」


「……………………」


 バチッと電撃が奔った。


「本気?」


「でやすなぁ」


 サラリと照ノ。


 こんなところは、天然ジゴロ、と……まぁ呼べないこともないだろう。


「ふぅん?」


 ニカッとエリスが笑う。


「じゃあ許してあげる」


 ――何を許されたのか?


 本気で理解していない照ノである。


 ビールを飲み干して、キセルをくわえる。


 刻みタバコを火皿に詰めて、魔術で火を点ける。


 ボ。


 赤く火皿が明滅した。


「……………………」


 煙をスーッと吸ってフーッと吐く。


「うむ。美味し」


 そのためのタバコだ。


 そんなこんなをしている内に、花火の時間と相成った。


「たーまやー」


「かーぎやー」


 アルトも嬉しそうにはしゃぐ。


 赤橙黄緑青藍紫。


 様々な色が、夜空を彩る。


 こう言うとき、少しインテリジェンスデザインを疑う。


 炎色反応。


 科学で証明はされているが、そもそもの物理現象が、人類の娯楽に特化しているのを、


「偶然だ」


 と片付けるのに抵抗があるのだ。


「こういうのも魔力でやすなぁ」


 フーッと煙を吐いて、照ノは苦笑した。


 魔力。


 今現在の魔術界では、


「存在しない」


 とされている概念だ。


 情報を現象に変える二次変換は、人のイメージで世界を彩色する行為に他ならない。


 つまりイメージさえ先行すれば、エネルギー如何に関係なく二次変換は作用する。


「魔力は生命力を変換して得られる」


「魔力は大気中に存在し、魔術師が利用している」


 では……例えば地震を起こすポセイドンのトライデント……その「大地震の総エネルギー量が幾ら必要か?」を逆算して、「生命力や大気中のエネルギーで賄えるのか?」と問われれば、どうしても魔術師は閉口してしまう。


 魔術師が魔術特性モードを必要とするのは、神秘のイメージが、科学と相反し、理屈無しで現象を定義できるからに他ならない。


 言ってしまえば、定規だろう。


 フリーハンドで線を引くより、定規を用いて線を引いた方が、丁寧かつ効率的に直線が引けると言うだけの事。


 魔術特性モードが魔術世界で幅を利かせているのも、魔術師が


「神話伝説には科学を超えた力がある」


 と信じ疑っていないからだ。


 実際問題、照ノやエリスという例外があるため、その気になれば科学のイメージでも魔術……この場合の二次変換は可能なのだが。


「花火でやすか」


 フーッと紫煙を吐く。


 そしてキセルを持つ手とは別の手で、照ノは星空を指差して見せた。


「火の花よ、夜空の花よ、彩れよ、かくて人心、七色に為れ」


 呪文を唱える。


 二次変換……魔術だ。


 星空を差す指先から、火種が空へ昇った。


 百連花火。


 河川敷に集まった、花火見物者の真上で、色とりどりの花火が咲き誇った。


 警察は動いたが、ライブ感覚の花火だ。


 犯人は捕まらなかった。


 予定にない花火だ。


 危険がないとは言え、さすがに看過も出来ないのだろう。


 だがさすがに、


「魔術で花火を再現した」


 は、警察の捜査能力の埒外にあった。


 南無三。

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