アルト公の想う者21


 浴衣決めが行なわれていた。


 今日は河川敷で、花火大会がある。


 そのための準備だ。


 ジルはさすがに無理だ。


 しかし他のヒロインは別だった。


 クリス。


 アリス。


 エリス。


 アルト。


 四人とも、キャッキャと浴衣を選ぶ。


 照ノは付き添いだ。


 本人は喪服に紅羽織。


 何時もの御格好。


 それが嫌味にならないのも、人徳だろう。


 くわえたキセルに刻みタバコを押し込む。


 魔術で火を点け、


「……………………」


 紫煙を吸って吐く。


「うーむ。美味」


 実際に照ノのタバコは高級品だ。


 味わい深い香りがする。


「お兄ちゃんー」


 アリスの声が聞こえた。


「どうー?」


 曼珠沙華の浴衣。


「宜しいでやんす」


 グッとサムズアップ。


 実際に良く似合っていた。


 着物……というのも非常識的ではあるも、その意味で特別性があり、即ちハレとケのハレに値する。


「変態」


 クリスのジト目。


 御本人は蝶の意匠をあしらった浴衣。


「グッジョブ」


 さらにサムズアップ。


 嫌味ではなかったろうが……当事者にとっては嫌味としか捉えられない言葉を照ノは紡ぐ。


「胸が無いのが幸いしやしたな」


「――っ!」


 ジャキッと仮想聖釘が握られる。


 ほぼ反射行動だ。


「ここで殺人を犯しても?」


 貸衣装屋だ。


 流血は望むところではないだろう。


「ち」


 舌打ちして、チリンと離す。物騒ここに極まれりであり、なお威力使徒の仮想聖釘は容易に脅威の上を行く。


「私はこんなんだけど!」


 エリスが現われた。


 蛇の目蝶の意匠だ。


 浴衣としては渋いが、真駒エリスには良く似合っている。


「ポーチ付き!」


 それは他の三人にも言える事。


「えと……あう……」


 アルトが現われた。


 女性の浴衣姿で。


 しかもソレが嫌味でなく似合っている。


「可愛いでやすな」


「本当?」


「小生の信じるそなたを信じやせ」


 うんうんと頷く照ノだった。


 彼としては、「アルト公の女装には賛成」の立場であって、男の娘の属性もありしも、そうでなくともアルトは愛らしい。


 アルトは可愛いのだ。


 しかもあらゆる美少女を押しのけて。


 であれば、女装は一つのアドバンテージだった。


「桜で良かったかな?」


「可愛いでやんすよ」


「えへへ」


 はにかむ男の娘。


「照ノ兄様」


 彼の胸に飛び込む。


「好きです」


 チュッと頬にキス。


 照ノもまた頬にキスをした。


「アルト公」


「お兄ちゃんー?」


「不潔……」


 ――はっはっは。


 形而上で照ノは笑った。


 笑うしかない状況だ。


 桜の意匠をあつらえた着物を着て、照ノの胸に納まるアルト。


 クリス。


 アリス。


 エリス。


 三人には面白くない。


「この変態」


「お兄ちゃんー」


「むぅ」


 アルト大公の立場もあるだろう。


「であれば……」


 嘆息。


「勝ち負けは決まったようなものでやんすね」


「不敬ですよ」


「さすがはツンデレイダー! 今日もまた一番のツンデレでやす!」


「誰がツンデレイダーですか」


「ではツンデレッターと」


「反転変身!」


「コロッと恋心に変わりやす!」


 照ノとアリスのからかいだった。


「死になさい!」


 仮想聖釘が投げられた。


「何時もの事とはいえ」


 ヒョイと避けるのも夫婦漫才の領域ではあった。


 南無阿弥陀仏。

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