アルト公の想う者19


「ベルギービール」


「同じ物を」


 こうして二人は、バーに飲みにいった。


 特に信条もないので、ビールから始めた次第。


「護衛もいるので?」


「外を警戒しているのでは?」


 さすがにバーの中にまで突撃もしないようだ。付き合わされる護衛の方が良い面の皮とでも言うべきか。


「いいんでやすけどね」


 ビールグラスに注ぐ。


「クリスさんたちは大丈夫でしょうか? 」


「ま、殺しても死にゃしやせんよ」


 概ね規格外。


「侮られた物だね」


 そこに別の声が掛かった。


「僕はそんなに不条理に見えるかな?」


 ジルだ。


 ジルベルト=アンジブースト。


「結界を出て良いので?」


「夜だし」


 まっこと正論だった。


「マスター。オレンジジュース」


 ジルが健全な飲み物を頼む。


「アルト公は何故照ノと?」


「色々ありまして」


 此処で語るつもりもないらしい。


 アルトの方はまだしも苦笑を浮かべ可愛らしい御様子だったが、照ノの場合は面倒くさいだけだ。


「もしかして照ノにすくわれたクチ?」


「そういうジルさんは?」


「惚れたクチ」


「あは」


 ビールを飲んで、朗らかに笑う。


「じゃあ恋敵ですね」


「てーるーのー?」


「小生のせいではないでやんす」


 小揺るぎもしない彼だった。


 元より横柄と暴虐と怠惰が並列して演算しているような人間なので、まぁこれは致し方なし。


 ビールを飲む。


「マスター、たこわさ」


「こっちは焼き素麺」


 そんな感じで酒が進む。


「兄様はいつもどんな感じで?」


「無気力、無精。自堕落」


「らしいですね」


「これで僕の眷属になってくれればね」


「一応も神でやんすので」


 吸血鬼の歴史よりは古い。


「ジル嬢も本気では無いでやしょ?」


「喧嘩を売る気はないね」


 其処は事実だった。


「僕としても自滅は避けたい」


 その気になれば、照ノは太陽を具現できる。


 それは第三真祖の系列には、特攻性があった。


 闇夜に住まう魔人。


 何も吸血鬼に限った話ではない。


 日本でも百鬼夜行は夜に行なわれる。


 昼は人の時間。


 夜は妖の時間。


 そう決められている。


 逢魔時が黄昏なのも、昼と夜の間だからだ。


 たこわさコリコリ。


「照ノは反則が過ぎるよ」


「でなければ生き残れやせんでしたから」


 血みどろの戦い。


 討伐された身としては、「倭国に生かされている」も一つの揺るがしがたい事実ではあって。


「あー、傷つけたかな?」


「いえ、気にしないでくやさい」


「ではそうしよう」


 サラリとジルは流した。


「エリスくんの件はどうするんだい?」


「さて」


 別段心配もしていない。


 一現。


 それもいかずちだ。


 ぶっちゃけた話、


「誰が勝てる?」


 なんて話にもなる。


 照ノは勝てる。


 アルトも勝てるだろう。


 条件付きならクリスとアリスも。


 ただジルはしょうがないし、条件無しなら、クリスとアリスも危ない。


 それほどだ。


 ビールをグイと飲み干す。


「シングルカスク」


「同じく」


 更に酒の注文。


 たこわさコリコリ。


「やっぱり吸血鬼って便利ですか?」


「どうだかねぇ。世界は優しくないよ」


 ソレも事実だ。


「だから優しい照ノに惚れたのかも」


「そーゆーところ、ありますよね」


「別に善意が全てじゃありやせんが?」


「でもアスカロンから助けてくれたし」


「小生も若かった……」


「老害が何を言ってるやら」


「ろ、老害……」


 それは反論できない皮肉だった。

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