アルト公の想う者17


 ――ドクン。


 血がざわめいた。


 世界の反転。


 狙いは照ノ。


 鬼が襲ってきた。


 遊泳施設の、時間は昼。


「――――――――」


 殊更、慣れた物で、


「お仕事熱心でやすなぁ」


 程度にしか思わない。


 照ノは水中にいる。


 火の属性の二次変換を得意とするので、ここでは不利…………なのかもしれないし、襲撃者も、それを考えての行動だったのかも知れないが、如何せん天常照ノの保有する戦力を甘く見すぎている。


「――――――――」


 鬼が吠える。


 同時にプールに大津波が出来た。


「水鬼でやんすか」


 先日戦ったばかりだ。


「ま、鬼に講釈たれてもしょうがないでやんすが……」


 大津波が照ノを襲う。


「燃焼と爆発の違いを知っていやすか?」


 瞬間、津波が爆発四散した。


 単なる現覚だけで、二次変換を起動させたのだ。


 その隙に、天翔で、空中に身を躍らせる。


 燃焼と爆発の違い。


 それは酸素の要不要だ。


 酸素のない水中では、無理に燃焼を行なおうとすると、爆発に変わる。


 結果として、水の飛沫が八方四散し、津波は津波の形を維持叶わなくなってしまったのだった。


 南無。


「にしても鬼ね」


 空中を蹴って、プールの外。


 外周に着地する。


「――――――――」


 吠える鬼。


 また水が襲いかかる。


 今度は爆発すら行なわなかった。


 水中と違い、今立っている場所は、外周の休憩所だ。


 照ノに襲いかかる水は、全て蒸発した。


 対物自動防御。


 熱量結界フィーバーフィールド


 あらゆる意味で規格外。


 その意味を知っている人間は、限りなく少ない。


 だからこそ、


「照ノを襲おう」


 と画策するのだろう。


 場合によっては、政略レベルの二次変換すら叶う。


 襲撃者は、その辺の認識が甘かった。


「とりま」


 受け身でいてもしょうがない。


「失意の地、禁忌の果実、人の業、さらには神の、危惧在りしなば」


 ボッ、と炎が点る。


「ラハトケレブ」


 回転する炎の剣が、水鬼を襲う。


 一瞬で灰燼に帰せしめた。


「うーん。やりすぎたか」


 結界内のプールは、それだけで熱湯に変わっていた。


 単なるラハトケレブの余熱だけで。


 そして結界が崩壊する。


「照ノ兄様!」


 事情は察し得たのだろう。


 アルトが真っ先に、照ノに抱きついてきた。


「可愛いでやすな」


 優しく頭を撫でる。


「大丈夫ですか?」


「無事息災でやんすよ。見たら分かるでやしょ?」


 こんなことで心配も意味は無い。


 結界の展開自体は、他のヒロインも覚っていた。


 だが、あえて反転はしなかった。


 何故かと問われれば、照ノが掣肘したからだ。


 水中で、炎の魔術を無理矢理使おうとすると、爆発に変わる。


 場合によっては水蒸気爆発までありうる。


 当然、プールを模した灼熱地獄まで、予想の範疇だ。


 であるため、


「小生が取り込まれても無視しやせ」


 とは言い含めてあった。


 流石に、照ノが後れを取る相手が、そうそう居るとも思えず、


「わかりました」


 と異口同義に、ヒロインたちは答えた。


 その中で、最も堪えたのがアルトだろう。


「大丈夫でやすよ」


 少なくともアルトの責任では無い。


 罵ろうと思えば出来るが、


「益も無し」


 は彼の思うところ。


 そも、「この程度で根を上げていたら?」……かなりの冗談を抜いて尚、まず、照ノは死んでいる。


 信仰と具現の相互作用に於いて、


「魔導災害が人類文明から消滅しうるか?」


 は魔術師の議論でもあったものの。


「でも……僕のせいで」


「そんないじらしいアルト公が愛らしいんでやんすよ」


「……………………うん」


 その程度に救われる。


 チョロい……というより、照ノとアルトの関係の深さ故……ではあろう。

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