アルト公の想う者08


 夏期休暇中も当校の生徒である自覚を忘れず云々。


 そんなわけで聖ゲオルギウス学院も、晴れて夏休みとなった。


 照ノ自身にしてみれば、


「殊更何が変わるでも無し」


 だろう。


 あえて変化をリストアップするなら、昼まで寝ていても構わない……怒られない……そんなところか。


 彼自身の学力は、普通に優秀なので、本当に、「何がどうの」でもあらず……懸案に値する全てが無意味だ。


 夏休みの始まりは、鬼退治からだった。


 エレクトロキネシス。


 その使い方のレッスンも含めて。


 パワーイメージが「いかずち」なだけあって、応用範囲も広い。


 脳と外界を、シナプスで繋ぎ、外界情報を脳でダイレクトに認識……結果として簡易的な結界を張り、索敵と奇襲対策を可ならしめん……という、人間ばなれした離れ業まで修得する始末。


「どうやったらそんな悪魔的な事を思いつくの?」


 とは当人の談で、


「エレクトロキネシストに言えやすか」


 が請け負った彼の談だった。


 そんなわけで、着々と、照ノの人間関係が、「『人間』関係と呼べるのか」をディベート出来そうな感じになりつつあった。


 夏休み二日目。


 照ノは、昼間に起きて、教会を訪ねた。


 お隣さんだ。


 照ノとアリスの住んでいる、ボロアパートの十五倍は絢爛豪華。


 宗教は金が集まる……とはよく言うも、ソレをネタにからかって、殺されかけたのも、また良い思い出だ。


 ――彼にとっては。


 と、注釈は付くも。


「重役出勤だね」


 教会ではジルが出迎えてくれた。


 直射日光を浴びない範囲で。


「どうも。毎日こうなら良いでやすに」


 そしてダイニングへ。


「シスターマリア」


「はいはい」


「コーヒー。ミルクはおっぱいから」


「いやん」


 張っている胸を抑えて悶えるマリアだった。


 とまぁ此処で普通は仮想聖釘が飛んでくるのだが、今回は例外だった。


「クリス嬢は?」


「アリスちゃんと一緒にお出かけ。昼餉はガーリックトーストで良いかしら」


「好物でやんす」


「知っているわ」


 マリアも然る者。


 既に照ノの胃袋は掴んでいた。


 その照ノの対面で、ジルがチューと輸血パックを吸っている。


 これも日常の光景。


「今日は何をするんだい?」


「惰眠を貪る」


 南無三。


 怠け根性は照ノのアイデンティティだ。


 ガーリックトーストをもぐもぐ。


 レタスサラダと肉厚ベーコンを挟むともっと美味しい。


 ポタージュスープと、スモークサーモンもまた合う。


 全てを平らげて、


「馳走になりやした」


 パンと一拍。


 照ノは、食事を終えた。


 さて、との処で、


「――――――――」


 スマホが震えた。


 九李からだ。


『公の訪日。護衛シクヨロ』


 あまりにあっさりとした文面だった。


 ラインのコメントでする話ではない。


 されども、確かに他に候補はいるまい。


「俗世の義理の残念さよ」


 ミルクコーヒーを飲みながら、照ノは肩を下げた。


『ちなみに善意で?』


『バッキンガムからの依頼。依頼料は既に口座に振り込んでいるので、拒否はナシ』


『こっちの意見ガン無視でやすか』


『逆に聞くけど、他の誰かに任せられる?』


 そう言われては、痛かった。


「南無三でやすな」


 ピンと立てた人差し指の先で、絶妙のバランスで立脚させ、ジャイロ効果でくるくるとスマホを回す照ノだった。


「至極面倒」と書かれた扇子を広げて扇ぐ。


「夏でやすなぁ」


「大分前からね」


「ジル嬢プールにいきやせんか?」


「日光と流水で滅ぶのに?」


「其処をあえて」


「そんなに殺したいの?」


「それなりに」


「なんかマジっぽく聞こえるんだけど……」


「ま、よかれ」


 照ノはそこで会話を打ち切った。


「しかし公か」


 中々に難題だ。


 事に緊張や慇懃に縁が無いので、余計面倒沙汰がついて回る。


 とはいえ、


「万が一」


 の場合、責任を取れるのは、近場で言えば、確かに九李の申すとおり。


 照ノしかいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る