アルト公の想う者09


 都会まで出向いて、某国際空港まで、照ノは顔を出した。


 さすがにお忍びの身分だろうが、それにしても、完全孤立は有り得ない……というか普通に無理筋だろう。


 照ノが事情を説明すると、空港から個室を宛がわれた。


「ふむ」


 と唸って、くわえているキセルを見る。


 ピコピコ。


 火皿に刻みタバコを詰めて、魔術で火を点ける。


 紫煙を吸って、ゆったり吐いた。


 しばらく副流煙の立ち登りを見やっていると、


「ミスター。失礼します」


 流暢な日本語で、声が掛かった。


 ノックの後だ。


「どうぞ」


 キィ。


 蝶番が鳴って、扉が開く。


 現われたのはメンインブラックだ。


 致し方ない。


 何せ護衛対象が、最大級だ。


 不祥事の程度にも因るが、場合によっては国際的に日本がバッシングを受けるまでは…………不安ながらある。


「……………………」


 殊更、慌てる必要も認めず、照ノはタバコを吸った。


 メンインブラックは、照ノを本物と認識すると、警戒を解く。


 その黒スーツ集団を、かき分けて、少年が現われた。


 愛らしい少年だ。


 二十四金の髪。


 エメラルドの瞳。


 愛嬌のある顔立ちは、子犬を思わせた。


 灰色のスーツを着ており、革靴を履いている。


 身長は年齢相応。


 外見年齢はローティーンで、実年齢もそんなところ。


 社会と身分に一定の理解を持っているので、時折辛辣になる事を、照ノは事実として知っているが、それでも彼が、


「年相応のちっこい美少年」


 であることは、否定の余地無い事実でもあった。


 その少年はと言うと、


「照ノ兄様!」


 個室で喫煙している照ノを見つけ、パッと表情を華やがせた。


 ――これだよ。


 とは心中の論評。


 駆け出し、狭い個室で、照ノにダイブ。


 照ノは、くわえていたキセルを離して、右手に持ち、左腕で、少年を抱擁した。


 その全ての仕草がサマになるのだから……ある意味で、照ノもまた有り得ない存在ではあろうぞ。


「お久しぶりです」


「でやんすな。アルト公」


 アルト公。


 あるいはアルト大公。


 某国の王子だ。


 本来なら軽口を叩いただけで、ギロチン刑だが、照ノは免除される。


「兄様。会いとうございました」


「そりゃ光栄でやす」


 照ノも一歩も引かない。


「それより着替えやんせ。それとメンインブラックを引かせやせ」


「てなわけで――――――――」


 とメンインブラックは解散。


 もちろん、全面撤退は有り得ない。


 ラフな服装に着替えたアルトに発信器を付け、ラフな格好に着替え、それから間合いを取って、身を処した。


 空港ホテルを本拠地とするも、複数名の交代で、アルトを影ながらお守りするのも、護衛の立派な仕事だ。


「照ノ兄様がいれば、問題ないのに」


 とはアルト談。


「ガードの人達も給料相応には働かなければなりやせんから」


 照ノは、然程深刻には考えない。


「どうかな?」


 シャツとジーパン。


 アロハシャツを、ジャケットがわりにしていた。


「似合ってやすよ」


 ついでに可愛い。


「えへへぇ」


 褒められて照れる様は、更に愛らしい。


「それじゃ宜しくです。兄様」


「へぇへ。王族もヒマでやすな」


「兄様なら、幾らでもお迎えしますよ?」


「別の人間にも聞きやしたねソレ」


「でも実際そうだし」


「恐悦至極」


 パンと扇子を開く。


「しばらくうちに泊まる……でいいでやすか?」


「うん!」


 華やかにアルトは笑った。


 場合によっては爆殺までありうる。


 状況如何もよるが、アルトの政敵は、結構多かった。


 アルト自身の人徳には依存せず、ただ立場上の副次的な事象だ。


 当の本人は純粋無垢な少年で、照ノの評するところでは……、「子犬」とのことであり、それ以上もそれ以下も存在しない。


「ソレでは参りましょう!」


 アロハシャツを着たアルトは、照ノの手を握って、空港を飛び出した。


「飛び出せ青春?」


「ですです!」


 幼い華やかさは、時に溌剌に見えて、体感気温が上がる。


 常夏の笑顔は、アルトの最大の武器と言えたろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る