アルト公の想う者06


「照ノ!」


 照ノの風呂の番。


 結界に取り込まれた。


 常時観測はしているも、中々に対処も難しい……というより、むしろ放置気味のところの強襲だ。


 銀色の髪。


 血色の瞳。


 しなやかなボディラインの持ち主。


 ジルだ。


 ジルベルト=アンジブースト。


 吸血鬼。


 第三真祖の系列でもある。


「淑女の観念から外れやすな」


「一緒にお風呂入ろ?」


「水はダメでやっしょ」


「そこはまぁ、シャワーだけで」


「構いやしやせんがね」


「だから照ノ好きだよ?」


「恐悦至極」


 心にもない感謝を述べ奉る。


 別段、御機嫌を取るべき相手でも無いため……ある種の気安さは生まれしょうがない背景もある。


「僕を抱く気になったかい? それこそ処女を手折るような……ね?」


「必要ありやせんな」


「なんで!」


「繁殖に意義を求める輩でも無いでやしょ?」


「吸血鬼は繁殖するよ!」


「では小生以外を見繕ってくださいやせ」


「うーがー!」


 わりかし恋乙女は似たような感情図になるらしい。


 彼はそう学んだ。


 そうでなくとも、乙女に縁が近しいのが照ノの思うところで、ついでに悩ましい懸案でもあるのだが。


「別の男性を見繕いやせ」


「僕にアレだけの事を言わせておいてかい?」


「ソレを言われると悩ましいでやんすな」


 ふい。


 照ノは肩まで湯に浸かった。


 ゆったりと湯船に浸かると憂き世の垢がこそげ落ちる音を聞く……心の奥底で熱を伴った安寧が感じられた。


「僕じゃダメなのかい?」


「とは言いやせんが」


「何が後ろ髪引っ張るんだい?」


「クリス嬢のあれやこれや」


「ツンデレ?」


「そう申せましょうぞ」


 うんうん。


 照ノは頷いた。


 実際にクリスはツンデレだが、「そもそもデレたことがあったろうか?」……は照ノをして魔術以上に悩ませる複雑怪奇の一柱でもある。


「じゃあ殺してくるね」


「待ちやんせ」


「何だい?」


「暴力は何も解決しやせん」


「知ってるけど」


「じゃあ物騒は無しでやんす」


「でも邪魔だし」


 あまりにもジルはあっさりとしすぎていた。


 しかもコレが全部本音。


 吸血鬼。


 それもセカンドヴァンパイア。


 強力な眷属だ。


 神威装置が動くほどに。


「返り討ちに遭いやすよ」


「負けると?」


「実際負けたでやしょ」


 照ノの仲介で生きているような物だ。


「むー!」


 ジルにはジルの、感情もある。


 だがそれは銘々にあるもので。


「結局スポーツマンシップが勝ちましょうぞ」


 との照ノの説得には側面の二つは有る。


「ケド邪魔!」


「そう言いやすよね」


 別段言葉で止まるとも、照ノは思っていなかった。


「では小生が慰めてあげやしょうか?」


「是非とも!」


「黒縄地獄巡りツアー程度なら幾らでも」


「死ぬよ!」


「そのつもりで言いやしたが?」


「本当に照ノはもう」


「ジル嬢ならもっといい男を見つけ能いやすよ」


「こうなれば最終手段!」


「?」


「僕に平伏せ」


「お断り」


「魅了の魔眼が通じない……っ?」


「その程度の術式で、どうにか出来るとでも」


 まず以て精神性がぶっ壊れている。


 この際良識に、彼は依存していない。


 面倒を嫌うためだけに暴力を振るうので、ソレ以外の範囲で申せば、わりかし彼は良識人だ。


 そしてソレこそが、


「照ノが壊れている」


 証左だった。


「では失礼をば」


 彼は結界を抜け出す。


 普通の風呂に相成った。


 ジルも反転するかと思ったが、


「…………」


 そうでもなかったらしい。


「にしても」


 はふ。


 照ノは嘆息。


「もうすぐ夏休みでやすか」


 そこは危惧を覚えるところだった。


 夏は乙女を開放的にする……とはいうものの、その意味で照ノの周りには美辞麗句で飾られている乙女が多い。


 その点を加味せざるも得ないのも偏に事実だろう

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