そは堕天する人の業09


 意識を反転させる。


 それは世界の反転と同義だ。


 プライドタワーに設置された結界。


 その中に侵入する照ノたちであった。


 この感覚は、魔術師特有のモノだ。


 ハレとケを分ける境目。


 常識と非常識の分断。


 であるからこそ、二次変換は、人目につかないという理由がある。


「で」


 と、これは照ノ。


「何のつもりでやす?」


 疑問を飛ばす。


 受けた相手は美少女だ。


 黒髪ロング。


 黒真珠のような瞳。


 十二単を纏い。


 その裾から秋のススキのような……金に輝く九本の尻尾が見える。


 白面金毛九尾の狐。


 玉藻御前が、そこにいた。


「よう天常。久方ぶりじゃのう」


 傍に置いてあるオブジェクトを無視して、玉藻御前は気楽に照ノに声をかける。


「久方ぶりも何も……」


 照ノは呆れる他ない。


「クリス嬢とジル嬢を縛ってどうしやす?」


 そうなのだった。


 爽やかな玉藻御前を台無しにする事実。


 あるいは現実。


 ロープで、クリスとジルが縛られていた。


 が、


「…………」


「やはは」


 クリスとジルは、特に意識してはいないようだった。


「それは……」


 と、くわえたキセルを手に持ち、紫煙を吐きながら照ノはキセルで指す。


 当然、指した先はクリスとジル。


「無論だ」


「無論でやすか」


 以心伝心。


 少なくとも、玉藻御前のやりたいことを、照ノは正確に見抜いた。


「パパ……」


 不安げに、トリスが言を紡ぐ。


「大丈夫でやすよ」


 照ノは、


「心配ない」


 と、トリスの深緑の髪を撫ぜた。


「さて」


 問う。


「要求は?」


「魔術錠を開錠しやせ」


 照ノの問いに、間髪入れず答える玉藻御前。


「不可能でやす」


 照ノは応じた。


「何故かや?」


「これも給料の内でやす故」


 倭人神職会は宇宙へ上るエレベータ……転じて神の御座に至る機能を重視している。


 天に挑む傲慢を、天罰として具現する神威装置とは、全く意を異にする。


「こちらには三人の人質がいるえ?」


 そんな玉藻御前の言葉に、


「…………」


 嫌な表情で沈黙する照ノ。


 言っている意味がわからなかったからではない。


 むしろ十全にわかっているがためのソレだった。


「天常。主の概燃は『欠片も残さず焼滅した相手』にまで適用されるかや?」


「無理でやすね」


 正直。


「無理なんですか」


「無理なんだね」


 トリスとアリスの言に、


「無理でやんす」


 と照ノは繰り言。


「小生の概燃は……」


 照ノは語る。


「神為的な部分を多く含みやす」


「?」


「?」


 ――わからない。


 とトリスとアリス。


「わかってやすよ」


 彼は苦笑。


「つまり小生の概燃は『肉体の損傷を燃やす』ことであってそれ以上では無いし、有り得ないでやんす」


「ということは?」


 とこれはトリス。


「ということは玉藻の狐火で完全焼失されたら、バックアップに持つ自分自身以外、小生の概燃でも取り返しがつかないんでやんすよ」


 有り得ないことを、平然と口にする。


「というわけじゃ」


 玉藻御前は、


「したりしたり」


 とご満悦だ。


「ではママとジルさんは……!」


「人質でやすね」


 さっぱりと、いっそ、


「それがどうした」


 とばかりに照ノは言う。


「人質は三人いるぞ?」


 玉藻御前は苦笑する。


「天常がその気にならぬならば一人くらい焼滅させてもいいがな……」


「待った」


 照ノはハンズアップ。

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