そは堕天する人の業10
「要求を呑みやしょう」
紫煙をくゆらせて、しぶしぶ照ノは妥協する。
「はぁ!?」
驚愕したのは、傍に居るトリスでもアリスでもなく、ロープで縛られて玉藻御前の人質となっているクリスだった。
その表情は、
「意味不明および意図不可解および意思不明瞭」
と語っている。
「正気ですかあなたは!」
クリス……クリスティナ=アン=カイザーガットマンは、照ノの妥協に最もかつ尤も驚いていた。
「何か不自然な点が?」
照ノは飄々と言う。
「だって敵対者ですよ……私とあなたは! 今までどれだけ私があなたに向けて仮想聖釘を放ったか忘れたわけではないでしょう!?」
つまりクリスは、
「照ノを害そうとした」
と云う点を鑑みていない照ノの妥協を、ありえないと言っているのだ。
それは照ノにしてみれば、
「ツンデレ乙」
で済む話なのだが。
「なんであなたは敵対者を妥協の材料に出来ます!?」
「おや、不可思議でやすかクリス嬢?」
「立場が逆なら私は悩む間もなく切り捨てます!」
「汝。右の頬を打たれれば……なぁんて訓示が一神教にはあったはずでやんすが」
「私の所業を見逃すというのですか!」
「はあ……まあ……」
他に言い様も無い。
「ぶっちゃけた話、小生はクリス嬢のツンデレを糧に生きていやすから、いなくなられると困りやす」
「誰がツンデレですか!」
うがーと吠えたてるクリス。
「六十年経ってもツンデレ孤高を貫き通す恋愛無頼漢には頭が下がりやすなぁ」
タバコをぷかぷか。
「人の話を聞きなさい!」
「却下。人質は人質らしく大人しくしてやっせ」
照ノは、紫煙をくゆらせながら反論を封じた。
「ところでパパ」
今度はトリス。
エメラルドの瞳は困惑の光をたたえていた。
「解けるの? 魔術錠?」
「解けない鍵は既に鍵とは呼べやせん」
「……ごもっとも」
トリスは引き下がった。
「玉藻」
「何じゃ?」
「おんしは、これを解けやした?」
「解けておるなら、こんな回りくどい威力交渉なぞせん」
「でやすか」
フーッと煙を吐く。
「ちなみに、ここ一角を落としても全体的には意味ありやせんよ?」
「安心しろ。既に他五ヵ所は制圧済みだ」
「玉藻御前……」
「わらわではない。アルトアイゼンの実力じゃ」
「アルトアイゼンねぇ」
名は体を表す。
少なくとも、そうでなければ名は価値を貶める。
「そんなカルト宗教が何を企んでいるか玉藻はわかっていやすか?」
「無論」
「その上で支援していると?」
「うむ」
「根幹にあるのは?」
「暇潰し」
最低の答えだった。
「だろうでやすがね」
玉藻御前の性質をよく理解している照ノにしてみれば、納得の答えでもあったが。
「そんなに神罰を具現したいでやんすか?」
「そういう意味ではクリスたちとは敵対関係ではなかろうのう」
ケラケラ。
少なくとも、教会協会にとっては、カルト宗教とはいえアルトアイゼンが一神教派閥であるなら、保護支援の対象だ。
ましてプライドタワーを使って、神罰を具現するというのならば、目的も共有できる。
これが純粋にアルトアイゼンの行動であるならば、クリスもトリスも嬉々として勢力の一部に取り込んでいただろう。
問題は、
「はよう解け天常」
玉藻御前の支援を受けているという一点に尽きる。
玉藻御前の暇潰しになる儀式が何なのか…………照ノたちには知りようもないが、少なくとも「腹に一物抱えている」と断じるは容易だった。
「やれやれ」
しょうがなく照ノは自身の布いた魔法陣(プライドタワーを囲む正六芒星の頂点の一角だ)にカランコロンと下駄を鳴らして歩み寄ると、二次変換を駆動させる。
聖書の一部を引用した魔術錠。
しかして、生粋の一神教徒であるクリスとトリスが解けなかった魔術錠。
照ノはあっさりと、開錠の呪文を唱えた。
「オン・バザラ・ヤキシャ・ウン」
金剛夜叉明王の真言を。
「「は?」」
クリスとトリスは、ポカンとした。
ジルは特に興味も無いらしい。
アリスは、
「あー……なるほど」
と、全容を大まかに理解し始めていた。
さらに照ノの開錠は続く。
「反転回帰。ここに天罰は再臨する。全ては泡沫の夢なりしなれば」
詠うようにキーワードを述べる。
「紡げ。綴れ。天の意を以て、ここに高らかに宣言する。戒めは破れたり」
しばし長い錠前の解読文言を言い切ると、設置された魔法陣は、効力を失って光へと還元された。
「はい。ご破算でやんす」
照ノはタバコを吸う。
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