最凶の荒神VS最恐の妖怪08


「「流星あまつきつね!」」


 ボッ!


 炎が湧きあがる。


 照ノと玉藻御前の身体から。


 行動は刹那だ。


 照ノと玉藻御前の姿がかき消える。


 残されたのは、炎の尾っぽだけ。


 オーラのように、照ノと玉藻御前を取り巻く炎の欠片だけがその場に残り、それも決して永くない時間で、大気に拡散してしまう。


 天狗あまつきつね


 転じて流星あまつきつね


 三度願いを口にすれば叶うとされ、しかして誰しもその奇跡に辿り着けないほどの速さ。


 その速さを抽出したかのごとき魔術であった。


 照ノと玉藻御前以外には、目で追うのも不可能な速度。


 ただ奔星の奇跡の軌跡が、炎の尾として残像のように映し込まれては消えていく。


 超超音速の世界で照ノは問うた。


 言葉が通じる速さではないが、会話自体は自然とできる。


 隙間の神効果の所以だ。


「何を企んでいやす!」


「秘密だというたじゃろう」


 照ノの拳と玉藻御前の拳がぶつかり合う。


 ――メシィ!


 嫌な音がした。


 両者の拳だ。


 そして真正面からぶつかった拳は、エネルギーを拡散させ、照ノと玉藻御前を直線対称的に吹っ飛ばす。


 炎の尾が二人に追いついた後、


「ごほ……っ」


 照ノは咳をして体勢を整える。


 それは玉藻御前もそうだった。


 照ノはまともにプライドタワーの外壁に叩きつけられ、玉藻御前はその直線の延長線上にあるビルの外壁に叩きつけられていた。


 それについて何の痛痒も感じていないのか。


「結果どうなるにしても話し合い……がそちの信条ではなかったかや?」


 コキコキと首を鳴らしながら、玉藻御前は確認する。


「玉藻相手に遠慮すると後手後手になりやすからね」


 照ノは皮肉気だ。


「気持ちはわかるがのう……。何とも不名誉じゃ」


「人に嫌われることばかりしているツケでやんす」


「かか。違いあるまい」


 炎のオーラは、まだ二人とも纏ったままだ。


 次の行動も一瞬。


「アグニビーム」


「狐火」


 インド神話の火神アグニの属性を持ったビームを放ったのは、火の一現ひとうつつを持つ照ノらしい魔術だった。


 対する玉藻御前は口から火を吐いた。


 火……というよりもはや超高熱のプラズマだが。


 競り勝ったのは照ノ。


 というのも照ノの背後にはプライドタワーがある。


 仮に本気で玉藻御前が狐火を放てば、プライドタワーの基部が蒸発して倒れることは自明の理だ。


 それは天至にも天罰にも上手い具合ではない。


 何を以て、玉藻御前が天罰魔術を望むのかは。照ノの知る所ではないが……気まぐれな玉藻御前においては、決して健全な思案でないことは断言できる。


 故に照ノは敵対しているのだから。


 が、


「やれやれ」


 うんざりするのも道理と云うものだ。


 決して全力で撃ったとは言えないが、それでもそれなりの威力と精度と神性とを、照ノはアグニビームに込めたはずだ。


 玉藻御前の狐火と相殺し競り勝っても、なお人一人を殺しつくせる威力だと自負していたが、


「ふむ」


 玉藻御前は飄々としていた。


 纏う十二単には煤さえ付いてはいない。


「相性最悪」


 一言で言えば、これに尽きる。


 元より火を操る九尾の狐であるため、火に対する耐性はとび抜けている。


 さらに途方もない神性が付与されて魔術にじへんかんに対する耐性も備えている。


 それも威力使徒の纏う「加護の装束」なぞ比べるべくもないほどの耐性だ。


 聖なる故に魔なるモノを退ける。


 基本的に玉藻御前は魔寄りだが稲荷神社に代表されるように高位の霊狐は神性を持つ。


 それは玉藻御前とて例外ではない。


 要するに二次変換まじゅつを介した現象に飛び抜けて高い防御能力を持つのだ。


「やれやれ」


 照ノはうんざりと言った。


「面倒でやすからこれで決着つけさせてもらいやす」


「ほう?」


 玉藻御前は挑発的だ。


「人の世の、乱れて主の、憂えなば、三毒煩悩、焼くも已む無し」


 そう短歌を呼んだ後、


「メギドの火」


 と呟いた。


 次の瞬間、


「っ」


 玉藻御前の上空に魔法陣が現出した。


 ただし直径は一般人の肩幅程度。

 その気になれば直径十キロ近い巨大な魔法陣を展開できるのだが、そんなことをすれば周囲に甚大な被害をもたらすため、今回はピンポイントに玉藻御前を狙った程度の直径で済ませているのである。


 超高熱。


 超高速。


 そして何より超威力だった。


 神の鉄槌。


 ある意味で神罰の具現だ。


 その気になれば、照ノはプライドタワーなどという媒介を用いなくとも、神罰の二次変換を具現できるのだ。


 普段が面倒なのでしないだけで。


 魔法陣それそのものが砲門。


 玉藻御前を蒸発させるためのプラズマビームが、天から地へと落ちる。


 しかして、


「狐火」


 呟いた玉藻御前が口から火を吐いた。


 それも強烈な。


 ごっそりと酸素を持っていき、玉藻御前と、その狐火に、風が集まる。


 神罰……メギドの火さえ、かき消して、夜空に向かって一条の炎が駆け抜けた。


 そして残ったのは静寂。


 ありとあらゆる意味で規格外な狐火に、感嘆と畏敬が周囲の魔術師から発せられた。


 が、


「……っ」


 照ノだけは、ソレに臆していなかった。

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