ヴァンパイアカプリッチオ08

「お姉様~!」


 正午をちょうど過ぎた辺り。


 照ノとアリスが、かんかん照りの中、プライドタワーへと歩いていると、そんな声が聞こえてきた。


 プライドタワーは、毎度毎度、天まで昇っており、見る者に幻想を抱かせる。


 それはともあれ、


「…………」


 アリスは疑似経絡を展開した。


 照ノは何もしていない。


 相も変わらず魔術の炎で火を点けたタバコを、ぷかぷかと吸っているのみだ。


「なんで私を置いていったんですか~!」


 そして黒髪黒眼の日本人兼美少女がアリスに突撃抱擁をかました……と言うよりかまそうとした。


 それは神勁によって防がれたが。


 突撃のエネルギーをマイナスの掛け算で弾かれた後、名も知らぬ美少女は目を白黒させる。


 照ノが言った。


「アリス嬢……そんな趣味が……」


「違いますよ師匠」


 アリスは苦笑する。


「しかし、お姉様……と……」


「人違いでしょう」


「でやんすか」


 照ノはタバコをぷかぷか。


「あれ~?」


 黒髪黒眼の美少女は、照ノとアリスを見やって首を捻る。


「誰ですあなた方~?」


「こっちのセリフでやんす」


「こっちのセリフだね」


 照ノとアリスは、苦笑するばかりだ。


「なんでお姉様の匂いを身に纏っていますの~?」


「お姉様?」


「ソルお姉様ですよ~」


「ソルベ=ブラックモアのことですか?」


「然りです~」


「あー……」


 アリスは何となくながら、現状を把握したらしかった。


 照ノはタバコを吸うのみで、特に少女を意識している素振りは無い。


「もしかして吸血鬼?」


「はい~。お姉様の眷属です~」


「階位は?」


「第三位ですね~」


「サードヴァンパイア……と」


 つまりソル直血ちょっけつの吸血鬼と相成るわけだ。


「アリスの名はアリスと云う。そしてこちらが天常照ノ。それで? 君の名は?」


伊東鶴羽いとうつるはねと申します~。ツルと呼んでくだされば、と~」


「ツルね。で、なんでアリスとソルをとっちらかったんです?」


「濃厚なお姉様の匂いを感じ取ったんですよ~」


「ふむ」


 思案する。


 考えるまでもなくソルと一緒に過ごした時間が、そのまま匂いとなったのだろう。


「今からソルに会いに行くところでやんすがツル嬢もどうでやす?」


「む~」


 ツルは照ノとアリスをジト目で見やった。


「なんですその目は」


「お二方はお姉様と親しいのですか~?」


「特に」


「特筆すべきことは無いかな」


 照ノもアリスも、淡白だった。


「エッチなこととか~……」


「小生男でやすし」


「アリスは師匠がいるし」


「でもアリスさんからは濃厚にお姉様を感じるんですけど~?」


「一緒にお風呂に入りましたしね」


「それは~……っ!」


「だから何もしてませんて」


「む~」


 と唸った後、


「では信じることにします~」


 一応の信頼を、照ノとアリスに預けた。


「ところでお姉様の居場所を知ってるの~?」


「今から会いに行くと言ってやす」


「ですね」


「ついていっても~?」


「構いやせんよ」


「特にどうなるものでもないですし」


「ではそうします~」


 そんなわけでサードヴァンパイアが同行することになった。


「不躾ながら……」


 宇宙エレベータに向かって歩きながらアリスがツルに質問する。


「ソルとはどんな関係で?」


「お姉様は命の恩人です~」


「具体的には?」


「ちと重い病気を抱えていまして~」


 あははと笑うツル。


「ある夜お姉様が病室の窓辺に降り立って私の血を吸ったんですよ~」


「はあ」


「それでカーミラお姉様の眷属……その末席に迎えられて健康体を手に入れたと、そういうわけです~」


「吸血鬼化による延命ですか」


「ですね~」


 コックリ。


「どう思います師匠?」


「ん?」


 タバコを吸っていた照ノは、ここで漸く、意識のピントを、アリスとツルに合わせる。


 フーッと紫煙を吐いて、キセルを手に取ると、


「特に珍しい事でもないでやすがね」


 意識もせずに言った。


「第一真祖以外の吸血鬼は繁殖能力を持っていやす。当然眷属化して延命処置を行なう吸血鬼もいやすよ。ソルがそれに当てはまっても別段気にすることもないと思いやすが……」


「ですか」


 アリスは、照ノの言に納得して、それ以上は聞かなかった。


 プライドタワーは、もうすぐそこだ。

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