ヴァンパイアカプリッチオ09

 プライドタワーおよび、その周辺に敷かれた結界。


 常なる世界とは、四次元方向に、少しだけズレた別世界。


 それを指して結界と云う。


 主に幻想生物や魔術師が隠遁することに使われるが、プライドタワーにおいては別件だ。


 魔術行使を現実世界に露出しないためのリングとして、敷設されていた。


 何せ宇宙エレベータを使って、大規模な二種の魔術実験が行使されようとしているのだから。


 一つは天へと至る道標。


 一つは神罰の具現。


 どちらも現実世界で行なうには、支障があって余りある。


 故に結界内で陣地取りなぞをやっているのだ。


 結界と言っても、あくまで常世空間と隔絶するだけであって、玉藻御前の殺生のように、何かしらの魔術干渉を顕現するものではないのだが。


 とまれ、


「お姉様~!」


 プライドタワー周辺に張られた結界へと反転すると、ツルがソル目掛けて抱き付こうと加速した。


 太陽がさんさんと輝いているため、ジルはこの場にはいられない。


 とまれ、


「げっ」


 と、カエルが圧殺されたような声を出すソルだった。


「なんでここにツルが?」


「お姉様の匂いを辿ってきました~!」


「なんで照ノとアリスが同行していますの?」


「袖擦り合うも……と云いますし~」


 ちなみに照ノとアリスは、我関せずだ。


 クリスとトリスは、照ノの魔術錠を解こうと、無為徒労の行為を頑張っていた。


 照ノとしては、合掌するより他は無い。


「お姉様……助けてくださいませんこと?」


 ソルはクリスに意識をやる。


 が、


「興味無いです」


 ギロチンのように、躊躇なく一刀両断。


「お姉様のお姉様~?」


 ツルが首を傾げる。


「ええ。そうですとも」


 ソルはコクコクと頷いた。


「こちらのクリスお姉様がわたくしの慕っているお方ですわ。ですからツルはわたくしを諦めてくださいな」


「つまり邪魔者ですね~?」


 ツルの瞳に剣呑な色が宿った。


 その殺気にクリスが反応する。


「…………」


 奇跡まじゅつを用いて、仮想聖釘を具現化する。


 が、


「駄目ですわお姉様!」


 ソルが押し留める。


「察するにソル直血の眷属でしょう? 殺して何の問題が?」


「それではわたくしの宿業が無になってしまいますの!」


「業と来ましたか」


 説明を求めるクリス。


 照ノとアリスが、ツルから聞いた内容を、そっくりそのまま口頭で説明するソルだった。


「つまり病に侵された少女を吸血鬼化して救ったと?」


「ええ」


「お姉様のおかげで私はこうしていられます~」


「では処理はソルに任せましょう」


 そしてクリスは、照ノの敷設した魔術錠に意識を割いた。


 ソルがツルに言う。


「お姉様を害そうというのなら、まずはわたくしを通すべきですわよ?」


「私はお姉様さえ傍に居れば何も問題を起こしませんが~?」


「そういう依存症は、わたくしの好むところではありませんわ」


 あっさりとソルが言う。


「でもでも~」


「わたくしに依存しないで生きなさいな。そのための力をわたくしは授けたでしょう?」


「私にはお姉様しかいないの~!」


「それは尚早ですわ」


「やっぱりお姉様のお姉様を殺すより他は無いのですね~」


「させませんわ!」


 殺気立ってソルはツルを牽制する。


「お姉様……お姉様は何ゆえそこまで肩入れするのです~?」


「お姉様に一目惚れしたからですわ」


「なら私の好意も理解は出来るでしょう~?」


「ええ」


「なら話し合いは~」


「無益ですわね」


 ギラリとソルとツルの眼光が瞬く。


「シャァッ!」


「シィっ!」


 ソルとツルがぶつかり合った。


 片やセカンドヴァンパイア。


 片やサードヴァンパイア。


 例外の多い、この場においても、裂帛した戦意が空間を満たした。


 ちなみに、この場においても…………照ノは安穏とタバコを吸っている。


 キセルをくわえて、煙を吸っている。


「あう」


 トリスは聖書を片手に、魔術錠の解読を行なっている。


 それに便乗するクリス。


 ソルとツルは、まるで物理現象を無視したかのように相争いながら、プライドタワーの近辺で殺意の応酬をする。


「お姉様は私のお姉様であるだけでいいんです~!」


「わたくしにはお姉様がいますから却下です!」


 結局そういうことなのだった。


 結果だけを語るなら互角を演じ、ソルはクリスに捨てられたのだが。


「そもそもにして何で私を慕うのです?」


「美しいからですわ!」


「それはツルも同じでしょう?」


「そうですけど……」


「ならば私に執着する理由が無いでしょう」


「そんな……。お姉様……」


「少なくとも私にそのケはありませんよ?」


「一分一厘も?」


「ええ」


「お姉様はズルいですわ」


「知ってます」


 飄々とクリス。


「パパ~」


 別口でトリスと照ノも、言葉を交わしていた。


「何でやしょ?」


「ヒント!」


「努力しやっせ」


「あう~」


 呻くトリスだった。


 毎度にして毎度のこと。


 既に何度も繰り返された応酬だ。


 クリスとソルも議論を続ける。


「ツルの言い分もわかるでしょう?」


「わかりませんわ!」


「本当に?」


「うう……」


「あなたが眷属にしたのだから責任を持つべきでは?」


「それを言われますと……」


「事実でしょう?」


「あう……」


「そうです~! お姉様は私に責任を持つべきです~!」


 ツルが茶々を入れる。


「お姉様はわたくしのものになってはくださらないのですか……?」


「神威装置の威力使徒ですから」


「あうぅ……」


 ポロポロとソルは涙を流した。


 それほどまでに心を仮託していたのだろう。


「悪女」


 ポツリとこぼす照ノに、


「うるさいです」


 クリスは反抗した。

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