傲慢の塔(プライドタワー)編

プロローグ「照ノとトリス」


「うー!」


 トリス=ミカエル=カイザーガットマンは唸っていた。


 どうやっても魔術錠が開錠できないのだ。


 魔術錠まじゅつじょう


 それは言の葉の通り、魔術を使った鍵である。


 用途としては施錠の他に陣地取りに使われる。


 顕著な例を出せば、神威装置の保有する異空間結界……通称『奇跡倉庫』へのアクセス権限がこれにあたる。


 魔術で身分を証明して、異空間結界から聖遺物レリックを取り出す。


 そのための鍵を、神威装置の威力使徒の中でも、一部の者が持っている。


 例えばクリスティナ=アン=カイザーガットマンがそうだ。


 逆の例ならばトリス=ミカエル=カイザーガットマンは、まだその権限を持っていない。


 もっともトリスに限って言えば、聖遺物なぞ必要ないほどの奇跡――神威装置において威力使徒が執り行う魔術のことを多宗教の魔術と隔絶させるためにこう呼ぶ――を起こしてみせるのだが。


 トリスは天高く伸びるプライドタワーの傍で『とある魔術師』が設置した魔法陣の解錠を試していたが「難解」と云うより「回答者に解かせる気の無い」ほど複雑緻密なプログラムが組まれているために四苦八苦していた。


 トリスは美少女だった。


 まずもって、顔のパーツが、奇跡的かつ神秘的に整っている。


 完全な左右対称。


 これには彼女の出生に理由がある。


 鼻は西洋人にしては細かく均整がとれており、唇もおしとやかに主張を控えている。


 エメラルドグリーンの瞳には、少女らしい若さと、威力使徒としての自負が混じりあっており、好意的な印象を受ける。


 髪も瞳と同じ緑色だ。


 それも味わい深い緑……深緑の色である。


 年齢は十七歳。


 今が旬の女子高生だが、神威装置に所属している威力使徒であるため貞節については厳しい意見を持っている。


 照ノあたりは、


「もったいない」


 というのだが当人が望んで貞節を主に捧げているため照ノも強くは言えない。


 というより言ったらクリスティナ……クリスに怒られる。


 その場には、魔法陣の形をした魔術錠を解こうとしているトリスの他に、もう一人の人間がいた。


 日本人だ。


 髪はぼさぼさの鳥の巣頭。


 瞳は漆黒だが眠たげに細められている。


 顔の成り立ちは美しいが、手入れのされていない髪とやる気なさげな瞳が邪魔して「美少年」の後に「クエスチョンマーク」がついてしまう。


 実年齢は規格外だが、見た目の年齢はトリスと同じ程度だ。


 学籍もあり、私立聖ゲオルギウス学園の学生でトリスのクラスメイト。


 必然トリスとは顔馴染みだが、それだけでは片付けられない関係でもある。


 服装は、よれよれの喪服の上に、曼珠沙華の意匠をあしらった深紅の羽織を纏っている…………という奇抜な格好だ。


 口にはキセルをくわえていて、見た目成人には見えないのにタバコを吸っている。


 キセルから煙をスーッと吸い、キセルを手に取り、夜空に向かってフーッと主流煙を吐く。


 そのボサボサの髪に覇気のない瞳、深紅の羽織とキセルの愛用によって「遊び人」と「世捨て人」を足して二で割ったような印象だ。


 履物も下駄である。


 ある種、東洋と西洋のどちらにおいても浮いている格好ではあるが、本人にとってはアイデンティティを通り越して、レゾンデートルとなっているため改める様子は無い。


 聖ゲオルギウス学園は、私服が許されているため、学業にも支障はきたしていない。


 名を、天常照ノあまつてるのという。


 魔術師であり倭人神職会と呼ばれる魔術結社に身を置く一介のエージェント。


 此度はその倭人神職会の命令でプライドタワーの一角にて魔法陣を描いて魔術錠をかける任務に従事している。


 というか魔術錠そのものはかけ終わっていて、その魔術錠を傍の緑色の美少女トリスが必死に解いているという現状だ。


 ある理由によって、照ノはプライドタワーの一角に魔術錠をかけることを任務としており、トリスは逆にそれを解こうとすることを任務としている。


 これには事情がある。


「パパ!」


 トリスは照ノを見つめて「パパ」と呼んだ。


「何でやんすトリス嬢?」


 照ノは、キセルでタバコを楽しみながら問うた。


 フーッと煙を吐く。


「ヒント!」


「特に無いでやんすなぁ……」


「ううー!」


「ま、頑張んなせ」


 そしてまたキセルをくわえて煙を吸う。


 ちなみに照ノとトリスは人間関係としては親しいが、社会関係では敵同士だ。


 照ノは倭人神職会に籍を置く。


 トリスは神威装置に籍を置く。


 そして此度のプライドタワーに置ける陣取り合戦では互いに相争う関係性だ。


 先にも言ったが照ノが魔術錠で陣地を確保し、トリスが開錠魔術で陣地を取り返そうと目論む……といった様子である。


 ただトリスが照ノを、


「パパ」


 と呼んだように、二人の間には敵対関係以上に親密性が透けて見える。


 血縁あるいは書面の上では他人だが、照ノとトリスの二人は義理の……あるいは表面上の、確固たる親子なのだった。


 かといって義理の娘に手加減をくわえるほど甘やかしい性格を、照ノが持っているはずもないのだが。


「完全に聖書の一節を利用した魔術錠なのに途中で計算が狂っちゃいますよぅ……」


 それはそうだろう。


 照ノは、言葉にせず……そう思う。


 魔術において真っ先に知っておくべき知識として『魔術特性モード』と呼ばれる概念がある。


 つまり魔術と呼ばれる二次変換現象を、どんな神秘思想に則って行使するかという目安である。


 一次変換によって世界が定義された時に同時に定義されたパワーイメージ。


 即ち「こうこうこうすることで魔術にじへんかんを発現させる」というルール。


 一神教……中東一神教……一神原理教……仏教……道教……密教……ルーン……タロット……ソロモン七十二柱……天体魔術……他にも数えきれないほどあるがソレらの神秘思想に則って魔術師は魔術を行使する。


 例えばトリスは一神教の神秘思想を基盤にしている。


 である以上一神教の概念に沿った魔術しか取り扱えないということである。


 照ノは、そこまでわかっているため『見かけ上』一神教のモードを主体にした魔術錠をかけたのである。


 問題は魔術錠……というより照ノの性格とモードにあった。


 照ノは一現ひとうつつと呼ばれるモードを扱う。


 それは時に複数の神秘思想を同時に行使することさえ可能とするモードだ。


 そして照ノは一神教のモードで魔法陣を組んで、その存在概念を陰陽道と密教でアレンジしているのであった。


 当然、一神教一辺倒のトリスが、その魔術錠を解けるわけもない。


 というより複数のモードで魔法陣を組んでいる以上、一現の術者でもなければ解呪不能なのだが。


「がんばれー」


 必死に魔術錠を解こうとしているトリスの傍らで、照ノは気楽にキセルをくわえてタバコを楽しんでいた。

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