そは回転する炎の剣07


 そして時は戻る。


 場所は東京スカイツリー。


 辺りに広がるのは、コンクリートジャングルではなく、地平線の向こうまでの野原だ。


 ところどころに果実の成る樹が数多く立っている。


 東京スカイツリーも、鉄骨にコケや植物が纏わりついており、寂れた雰囲気を漂わせていた。


 東京……エデンの中心の聖なる樹。


 先に知恵の樹の媒体となり、そして次に生命の樹の媒体になろうとして、照ノに邪魔されたオブジェクトである。


 結界の名はエデン。


 そこはエデンの園の具現化だった。


 そんな中、照ノは炎の翼を羽ばたかせて地上に舞い降りた。


 そして言った。


「よくもまぁ殺すも殺したりといった有様でやんすなぁ……」


 東京スカイツリーの周囲の地面には、エデンという名の結界に侵入してきた日本の魔術師や鬼殺し、あるいは神威装置の威力使徒の死体であふれかえっていた。


 死屍累々といった有様だ。


 体を千切られたり焼かれたりして、無残な死体が二十以上転がっている。


 そんな中、三対六枚の翼を羽ばたかせて、東京スカイツリーのすぐ傍の地面に降り立ったゲオルクが言う。


「やってくれたな陰陽師……! 貴様が! 貴様こそが! 唯一神の用意したカウンターシステム! 回転する炎の剣! 生命の樹を守護するケルビムか!」


「小生としてもできれば干渉したくはなかったんでやすがね。アリス嬢を返してもらいにきやした」


「お兄ちゃんー」


 アリスが、照ノの腕の中で、ハートマークを飛ばしながら、幸せそうに彼に抱きついていた。


「これでセフィロトの樹はおじゃんだ。熾天使クラスの属性を付与するのにどれだけの犠牲が必要だったと思う?」


「ブリアレーオの法則でやすな。術者が価値を重く置く現象ほど二次変換での再現が難しくなる……。矜持に殉じるからそんな余計な些末事に足を取られるでやんすよ」


「貴様は殺したはずだぞ……!」


「へぇ。その節はお世話になりやした」


 あっさりと言う照ノ。


「どうやって生き延びた……!」


「生き延びてなんかいやせんよ。確かに小生はゲオルク先生のドラゴンブレスで死にやした」


「ならば何故まだ生きている!」


「小生が『死んだ』という結果を燃やしやした」


「……?」


 照ノの言っている意味を理解できず……言葉を失うゲオルク。


 次の瞬間、蠅の王ベルゼバブの属性を持つ魔術師が……蠅の翼を羽ばたかせて超音速で背後から照ノに接近すると、照ノの回転する炎の剣ラハトケレブを持った腕を千切りとった。


「はっはあ……! やったぞ……!」


 ベルゼバブの属性を持つ魔術師が、勝ち誇った声を上げる。


 アリスが悲鳴を上げた。


「お兄ちゃんー! 腕がー……腕がー!」


「安心するでやんすよアリス嬢」


 照ノの千切られた腕から、炎が発した。


 その炎は、失った腕の空間を補完するように燃え盛り、そして鎮火すると……そこには照ノの腕が復元していた。


「なん……だと……!」


 ベルゼバブの属性を持つ魔術師が驚愕する。


「何をした陰陽師!」


 ゲオルクが問う。


「小生が傷ついたという結果を燃やしやした」


 素直に答える照ノ。


「結果を……燃やした……だと……!」


「へぇ。第一義魔術になりやすな。意味を……『自身が害されたという結果』を燃やす魔術でやんす。小生は概念がいねん燃焼ねんしょう……略して『概燃がいねん』と呼んでやすが」


「どういうことだ!」


「まぁ無理に理解するものでもないでやんす。概念を燃焼することなど、まだ人類には到達できていない思想でやすゆえ」


「不死身か貴様!」


「はぁ……まぁ……」


 至極あっさりと、そう言う照ノ。


 と、サタンの属性を持つゲオルクとベルゼバブの属性を持つ魔術師の他に、ルキフグスの属性を持った魔術師、アスタロトの属性を持った魔術師、アスモデウスの属性を持った魔術師、ベルフェゴールの属性を持った魔術師、バールの属性を持った魔術師、アドラメレクの属性を持った魔術師、リリスの属性を持った魔術師、ナヘマーの属性を持った魔術師が、照ノとアリスを取り囲んだ。


「絶体絶命……でやんすな」


 落ち着き払ってそう言うと、照ノはくわえているキセルをピコピコと上下させた。


「別に小生一人で相手をしてやってもいいでやんすが……はったりも必要でやしょう」


 そう言うと照ノはトランス状態に入った。


 病的なまでの……そうなることが当然だという意志の強さをもって意味を現象に変える。


 それは即ち二次変換……魔術と呼ばれる現象だ。


 そして照ノは呪を紡ぐ。


「出でやんせ、火之迦具土神」


 日本神話における火を纏った男神が空間を歪めて現れる。


「出でやんせ、鳥枢沙摩明王」


 不浄を燃やす明王が空間を歪めて現れる。


「出でやんせ、アイム」


 ソロモン七十二柱の魔神にして火炎公の異名を持つ大悪魔が空間を歪めて現れる。


「出でやんせ、スルト」


 世界を焼き尽くす炎の巨人が空間を歪めて現れる。


「出でやんせ、プロメテウス」


 人類に火を与えた神が空間を歪めて現れる。


「出でやんせ、ウェウェテオトル」


 創造神にして火の神が空間を歪めて現れる。


「出でやんせ、ラー」


 火の象徴にして太陽の神が空間を歪めて現れる。


「出でやんせ、ワリャリョ=カルウィンチョ」


 創造神にして火山の神が空間を歪めて現れる。


「出でやんせ、クトゥグア」


 炎の神性を持つ旧支配者が空間を歪めて現れる。


「馬鹿な……馬鹿なっ……馬鹿なぁ!」


 ゲオルクは驚愕に目を見開いて叫んだ。


 それもそうであろう。


 照ノは、全くパワーイメージの違う九柱の神や悪魔や魔神を召喚したのだから。


「どういうことだ! 貴様は……貴様はいったい!」


 あからさまに狼狽するゲオルク。


 照ノは、くわえたキセルを、ピコピコと上下させながら言った。


一現ひとうつつ……火という思想背景を骨子に数多あるモードを並列させうる天常の伝統芸能でやすよ。もう少しわかりやすく言うのなら小生のパワーイメージは火そのもの……ということでやんす」


「それが……! それが現実だとしても……! 贄や制限や儀式も無しに九柱の神を召喚するなど……常軌を逸している!」


「そんなに難しいことでもないでやんすよ。高度な魔術ほど二次変換での再現が難しくなるのはブリアレーオの法則によるものでやんす。すなわち術者が望む現象に価値を重く置けば置くほど二次変換による再現は難しくなる。小生、この程度の召喚魔術程度になんらの価値も置いてはいやせんから……」


「そんなことが……!」


「そもそも第一義魔術……概念の燃焼……概燃こそ小生の魔術の最高峰でありやすれば、それ以外の魔術など十把一絡げでやんす」


「馬鹿な……」


 呆然とするゲオルクを無視して、照ノは、


「散れ!」


 召喚した九柱の神に命令した。


 ベルゼバブには火之迦具土神が、ルキフグスには鳥枢沙摩明王が、アスタロトにはアイムが、アスモデウスにはスルトが、ベルフェゴールにはプロメテウスが、バールにはウェウェテオトルが、アドラメレクにはラーが、リリスにはワリャリョ=カルウィンチョが、ナヘマーにはクトゥグアが、それぞれ相対した。


 同時に、エデンと呼ばれる結界が一変した。


 天頂にあった太陽は、地平線の彼方に落ちて、赤く全てを照らした。


 野原は焼け野原となり、炎があちこちで燃え盛る。


 数多く立っていた果実を持つ木々も、炎によって焼け落ちる。


「新規の結界による旧弊の結界への浸食……!」


 唯一、照ノの召喚した神に相対していないゲオルクが、呆然として呟いた。


「結界名は《炎の庭》……結界を浸食し全てを焼け落とす浸食結界でやんす」


「お前は……お前は何だぁ!」


 恐怖にかられるゲオルクに、照ノはキセルに刻み煙草を詰めて火をつけると煙をスーッと吸ってフーッと吐いて、そして言う。


「小生の真名は天津照神あまつてるのかみ。日本神話における太陽の男神であり、太陽の女神……天照大神あまてらすおおみかみとの戦に負けて天津甕星あまつみかぼしへと堕とされた日本最古のテロリストでやんす」


「貴様があの天津甕星だと……! 日本神話におけるルシファーの立ち位置を持つ反逆者……!」


「言われればそうでやんすね。ルシファーの属性を持つそちと天津甕星の属性を持つ小生……。なるほど、運命を感じやすね」


 そう言って紫煙を吐きながらケラケラと笑う照ノ。


 そして言う。


「素直に捕まってはくれやせんか? 小生、神威装置に顔がききやす。極刑は免れるようにしやすから」


「断る! アリスを全知全能にして地球を統治するまで私が止まることはない……!」


「小生を殺した暁には大悪魔の属性を持つ魔術師たちを今度は熾天使の属性を持たせてセフィロトの樹を展開するつもりでやすか?」


「他に方法などあるまい……!」


「なれば、ここで止めるしかありやせんね……」


「お兄ちゃんー……」


 心配そうにそう声をかけてくるアリスを安心させるように、照ノはアリスの頭を撫でた。


「今度は負けやせんよ」


「本当ー? もし本当にお兄ちゃんが死んだら私は全知全能になってもお兄ちゃんを生き返らせるよー?」


「気持ちだけいただいておきやす」


 そう言って、フーッと紫煙を吐くと、照ノは、


「五行の一角、火気を司る朱雀よ……顕現しやせ……!」


 そう呪を紡いで炎を纏う神鳥を具現化する。


 朱雀は甲高い鳴き声を上げるとゲオルク目掛けて襲い掛かった。


 ゲオルクは「ドラゴンブレス……!」と力強く呟くと、口から炎とは名ばかりの超高温のプラズマビームを吐き出した。


 超高温同士がぶつかり合い、せめぎ合い、相殺し合い、そして息が続かないドラゴンブレスが先に根負けした。


 超高温のプラズマビームに耐えた超高温のプラズマの神鳥は、ゲオルク目掛けて襲い掛かる。


「ちぃ!」


 舌打ちして三対六枚の天使の羽を広げると、ゲオルクは空に向かって羽ばたいた。


 それを追って朱雀もまた羽ばたく。


 照ノはというとアリスを御姫様抱っこすると「流星あまつきつね……」と呟いて炎のオーラを身に纏う。


 そして流星のような速さで、その場を離脱する。


 大悪魔を冠する魔術師十人の包囲網から抜け出す。


 サタンには朱雀が、ベルゼバブには火之迦具土神が、ルキフグスには鳥枢沙摩明王が、アスタロトにはアイムが、アスモデウスにはスルトが、ベルフェゴールにはプロメテウスが、バールにはウェウェテオトルが、アドラメレクにはラーが、リリスにはワリャリョ=カルウィンチョが、ナヘマーにはクトゥグアが、それぞれ相対した状況では誰も照ノとアリスを阻むことなどできなかった。


 十分に距離をとり、十人の魔術師と十柱の火の神との闘争を遠目に眺めて、照ノは、


「人の世の、乱れて主の、憂えなば、三毒煩悩、焼くもやむなし」


 そう和歌を詠んで、


「……メギドの火」


 と呟いた。


 次の瞬間、照ノとアリスから遠く離れた場所で火の神と戦っている魔術師十人の上部の空に、巨大な魔法陣が展開した。


 直径十キロメートルはある巨大な魔法陣だ。


 エノク語と様々な図形によって複雑に構成された魔法陣が光子によって茜空に描かれ、夕暮れの中で金色に光り輝くと、魔法陣は超高温のプラズマビームを吐き出した。


 原理としては、ゲオルクのドラゴンブレスと同様だ。


 だが規模はまるで違った。


 それは……遥か昔、ソドムとゴモラを滅ぼした神の鉄槌に相違なかった。


 直径十キロメートルもの魔法陣それ自体が砲門だった。


 つまり直径十キロメートルにおよぶ大口径と呼ぶのさえ馬鹿らしくなるほどの規模の超高温のプラズマビームが、十人の魔術師も十柱の火の神もまとめて焼き尽くした。


 轟音と熱波、それから目を潰さんばかりの光が溢れ、《メギドの火》は何もかもを燃やし尽くし、そして直径十キロメートルにも及ぶ巨大な穴だけを残した。


 否、一人だけ、生き残って、巨大な穴の端に浮いている存在がいた。


 それは白いショートカットの髪に、白いトレンチコートを着て、背中に三対六枚の天使の羽を広げた壮年の男……ゲオルク=コルネリウス=アグリッパに相違なかった。


「あの炎熱地獄の中を生き残りやしたか……そういや一神教のモードは無効化にするんでやしたっけか……」


「都市一つを焼き尽くすメギドの火……堪能させてもらった。否、貴様が火という思想背景を骨子に数多あるモードを並列する……と言った時点で気付かなかった私の不覚か……」


「今からでも遅くはありやせん。自首してはくれやせんか?」


「断る。魔術結社モルゲンシュテルンは壊滅したがそんなものは再編すればいい。私はアリスを全知全能にするまであきらめるつもりはない」


 照ノは「……はぁ」とため息をつくと紫煙を吐いた。


「なれば決着をつけやしょうか」


「もとよりそのつもりだ!」


 三対六枚の天使の翼を広げてゲオルクが吼える。


 照ノはアリスを御姫様抱っこから解放すると、


「聖ミカエル、火の元素を属性に持つ偉大なる者よ。我に纏わりやんせ!」


 背中から炎の翼を広げて、手に炎を圧縮して創られたバスターソードを持ってゲオルク目掛けて羽ばたいた。


 ゲオルクがドラゴンブレスを吐く。


 それを照ノは炎の剣で受け止める……どころかドラゴンブレスを切り裂いてゲオルクへとさらに接近する。


「ハインリヒ先生から数えても新古典魔術の歴史は五百年……小せえ小せえ、でやんす」


 御年二千七百と数十年の照ノにはゲオルクとて赤子も同然だった。そしてそれ以上に、


「ルシファーを冠したゲオルク先生とミカエルを冠した小生とでは圧倒的に相性が悪いのは先生もご存知でやしょ?」


「それでも負けられはせん! 私は決して立ち止まらない!」


「では……気分のいいものではありやせんが……その想い、踏みにじらせてもらいやす」


 照ノは、聖ミカエルの持つ炎の剣を霧散させると、


「スルトの剣……リミッターバージョン」


 新たに炎の剣を創り上げ、振り上げると袈裟切りにゲオルクを両断した。


「がっ! はぁ……!」


 呻いて、ゲオルクは巨大な穴の底へと堕ちていった。


 それが、日本国における魔導テロ……後に《暁の星事件》と呼ばれる件の終幕だった。

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