そは回転する炎の剣06
時は少しだけ過去にさかのぼる。
「ただいまでやんす」
天常照ノと、それから流血しているクリスを背負ったジルが、シスターマリアの教会の裏口から入ってきた。
シスターマリアが驚いて、照ノ達を迎え入れた。
「どうしたのクリスちゃん! そんなにボロボロになって! あわわ……包帯……消毒剤……それからそれから……」
あからさまに狼狽するシスターマリアに、
「まぁ落着きやっせ」
と一言入れてから照ノは、
「お邪魔します」
と教会にあがった。
それから勝手知ったるという言葉そのままに、クリスの部屋までジルを誘導すると、クリスを自身の部屋のベッドに寝かせる。
ジルが、ハラハラと心配するシスターマリアに言う。
「僕、血が飲みたいな。マリアさんよろしく」
「あ、はい。今持ってくるねジルちゃん」
パタパタとキッチンへ消えるマリア。
それからまた、パタパタとシスターマリアが輸血パックにストローをさして持ってくると、ジルは美味しそうにそれを飲む。
クリスが、ボロボロの体を押して聞く。
「どういうことです……!」
それに答えて照ノ。
「今はあまり興奮しない方がいいでやんすよ。加護の装束に守られたとはいえ体はボロボロでやんす」
「そんなことはどうでもいいんです!」
クリスは拳を振り上げると自身のベッドを叩いた。
「照ノ……! 神を創るとはどういうことです!」
「ええと……クリスちゃん……どういうこと……?」
シスターマリアの困惑に、照ノは委細を話した。
ゲオルクが現れて、アリスを連れ去ったこと。
その過程で、ドラゴンブレスを受けて照ノが消滅したこと。
クリスも、また返り討ちにあったこと。
シスターマリアが話を聞き終えると驚愕した。
ジルは一人だけ「我関せず」と美味しそうに血を飲んでいる。
「そ、そんなこと……!」
「私は確かに聞きました。ゲオルクが神を創るとあなたが言ったことを……!」
「さて、聞き違いではありやせんか?」
そらっとぼける照ノに向かってクリスは仮想聖釘を一本具現化すると投擲する。
ヒョイと避ける照ノ。
それから照ノは「満身創痍」と書かれた扇子をパンと小気味よい音とともに広げて、ひらひらと扇ぐ。
「何するでやんす」
「ここまで来たらすっ呆けるのは無しです……! 洗いざらい吐いてもらいますよ……!」
「とは言いやしてもねぇ。どこから話したものか……」
ポリポリと頬を掻きながら「満身創痍」と書かれた扇子をパンと小気味よい音とともに閉じて懐にしまう照ノ。
それから照ノは、口にくわえたキセルの火皿に、刻み煙草をつめて、二次変換で炎の情報を現象に変換すると、煙草に火をつけた。
スーッと煙を吸ってフーッと煙を吐くと、照ノは言った。
「まずは状況を整理しやしょう。クリス嬢、そちが持っている情報は何でやすか?」
「アリスがゴーレムであること。ゲオルクがアリスの製作者であること。ゲオルク率いるモルゲンシュテルンがアリスを狙って……連れ去ったこと。それからゲオルクがアリスを全知全能の存在に昇華しようとしていること。これくらいです」
「勘が良ければそれだけで事態の把握は可能でやすのにねぇ」
「いいから説明しなさい!」
ベッドの淵を叩いてクリスは激昂する。
照ノはスーッと煙を吸ってフーッと煙を吐いて、それから何かを吟味するかのように天井を見上げて、それから言う。
「まず確認しやしょう。アリス嬢がゴーレム……これはいいでやすね?」
「はい。今更否定してもしょうがありません」
「では何故ゴーレムでしかないアリスはああも人間と錯覚するほどの性能を持っていると思いやす?」
「それは……高度な魔術によって……」
「そこが既に間違ってやんす」
照ノはフーッと紫煙を吐いた。
「アリス嬢はゴーレムでやして同時に人間でもあるんでやんすよ」
「どういうことです?」
「そも、ゴーレムとは何でやす?」
「土から創られた人造人間でしょう」
「そうでやんす。四大属性の中でも土は肉体を表しやす。五行の土気もまた肉体を指し示す属性でやんす。すなわち洋の東西を問わず土とは肉のことでやんす」
「でも土は土で、肉は肉ですよ。アリスは肉でできていました。やはり高度なフレッシュゴーレムと言うことですか?」
「違いやす。でやすから、先から言っている通りアリスは真にゴーレムであると同時に真に人間でありやんす」
「要領を得ません! どういうことです!」
「創世記における最初の人間は当然知っていやすよね?」
「アダムでしょう」
「ではアダムがどうやって創られたかはこれも当然知っていやすな?」
「赤き土……アダマによって創られました」
「ではゲオルク先生の罪は?」
「奇跡倉庫へのクラッキング……それによるアダマの強奪……」
とそこまで呟いてから、クリスはハッとなった。
「まさか!」
驚くクリスを見ながら、照ノはスーッと煙を吸ってフーッと煙を吐いた。
「ねえ照ノ。僕、事態がわかんないんだけど……」
血を飲んでいたジルが、そう照ノに問う。
「先までの話は聞いていやしたね?」
「うん」
「では話を続けやしょう。ゲオルク先生はアダムを創った赤き土……アダマを盗んでゴーレムを創りやした。これにより原罪を持たない人間……アダムカドモンを創ることに成功しやした」
「けれどゲオルクはカバラ学者でしょう? どうやってゴーレムの儀式なんか……」
そんなクリスの言葉に、
「カバラ学もゴーレムもユダヤの秘術でやんす。モードとしての矛盾はおきやせん」
照ノは、新しく刻み煙草を火皿に詰めながら答えた。
「クリス嬢。初めてアリス嬢を見たとき嬢が裸でいたわけも今ならわかるでやんしょ?」
「原罪を持っていないから、イチジクの葉で裸体を隠す必要性を感じなかった……」
「その通りでやんす。さらにアリス嬢は小生の本当の名前を言い当てやんした。その時アリス嬢は『自分は万物の名前を知っている』と言いやした。これもまたアダムと同じ能力でやんす」
「…………」
「そして《アー》から始まるアリスと言う名前。これらの事実がアリス嬢が知恵の樹の実を食べる前のアダムと同じアダムカドモンであることを示唆していやす」
ジルが血を吸いながら首を傾げる。
「それはわかるけど……それがアリスちゃんを全知全能にすることとどう関わってくるの?」
「ではジル嬢に問いやしょう。なにゆえヤハウェはアダムとイブをエデンの園から追放したと思いやす?」
「それは……知恵の樹の実を食べたからでしょ?」
「五十点でやんす」
指先に炎をともし、煙草に火をつけると、スーッと煙を吸ってフーッと紫煙を吐く照ノ。
「もう五十点は?」
「それはクリス嬢が教えてくれやすよ」
「知恵の樹の実と生命の樹の実の両方を食べた人間は、神と等しい存在に……つまり全知全能の存在になれるんです」
「でもね、その生命の樹と知恵の樹なんてどこにあるのよ? ここは日本だよ。エデンの園じゃあない」
「そこでカバラ学の天才ゲオルク先生の出番でやんす。生命の樹とはセフィロトの樹。知恵の樹とはクリフォトの樹。これらの魔法陣を駆動させることで生命の樹の実と知恵の樹の実に相当する魔術を抽出するんでやんす」
「それが終わればアリスちゃんははれて全知全能……と……」
「とは言ってもアポテオーシス・リミッターがかかりやすから恐らく全知全能と言っても地球圏内だけのものになるでやしょうがね」
「何でよ?」
「聖書がつづられた時代には、宇宙なんて存在は、認識されていやせん。どころか地球は平面だと思われてやした。つまり、それがリミッターになるでやんす」
そう言って紫煙を吐く照ノ。
「所詮、唯一神も人間の創作物。望遠鏡を悪魔の道具とし進化論に耳をふさぐ輩にしか通じないシンボルマークでやんす」
クリスが投げた仮想聖釘をヒョイと避ける照ノ。
「そんなにインテリジェントデザインを信じたいなら、スパゲッティモンスターでもイワシの頭でも信じればいいんでやんす」
クリスが投げた仮想聖釘をヒョイと避ける照ノ。
「それで? 結局照ノはどうするのよ?」
チュゴゴゴと輸血パックの血を吸い終わってから、ジルが聞いた。
「まぁどうにかして止めにゃならんでやんすなぁ……。別に世界がどうなろうと小生興味はありやせんがアリス嬢を全知全能にするわけにはいきやせんし」
嫌々ながらといった様子でそう呟く照ノ。
「いいんじゃない? あの子が全知全能になったら世界も良い方向に進むんじゃないの?」
「しかしてそうするとアリス嬢が人間の殻を捨てることになりやすから」
「なんで?」
「よぉく考えるでやんす。全知全能ということは全てを知り全てを能くするということでやんす。全ての素粒子の動きやスピンを自己の判断のもとに干渉し取捨選択することでやんす。そんなことが人の身にできるとお思いで?」
「全ての素粒子の動きやスピンを意識によって干渉する……」
呆然と照ノの言葉を繰り返すジル。
「人間の脳には到底不可能な事業でやんす。例え範囲が地球圏だけだとしても、そうとうな演算能力を持つ存在に昇華しなければ……」
「つまり神にならねばならない、と?」
「そういうことでやんすな」
紫煙を吐いて、頷く照ノ。
「これがアリス嬢でなければ小生も動きやしませんが、既にアリス嬢とは袖擦りあった仲でやんすしなぁ……」
「でもゲオルクがサタンの属性を持っていたって話を聞く限り、魔術結社モルゲンシュテルンはセフィロトの樹とクリフォトの樹の構築に自身を使うはずだよ? ということはメタトロン、ラツィエル、ザフキエル、ザドキエル、カマエル、ミカエル、ハニエル、ラファエル、ガブリエル、サンダルフォンの十の熾天使と……サタン、ベルゼバブ、ルキフグス、アスタロト、アスモデウス、ベルフェゴール、バール、アドラメレク、リリス、ナヘマーの十の大悪魔とを相手取らなきゃいけないってことだよ。はっきり言って小国くらいなら滅ぼせる勢いだよ」
ジルの言葉は決して大げさではない。
むしろ的確と言ってもよかった。
それほどまでに熾天使や大悪魔というのは、すさまじい力を保有しているのだ。
「僕なら白旗を振るね」
そう言うジルに、しかし照ノは紫煙を吐きながら言う。
「ま、なんとかなるでやしょう。熾天使や大悪魔などと御大層なもんでやすがそれを扱うのは人間に相違ありやせん。なればアポテオーシス・リミッターがかかるでやんす」
「でもそれは照ノも同じことでしょ?」
「そうでもありやせん」
そう言って紫煙を吐く照ノ。
「私も行きます……!」
ボロボロの体をおしてクリスが立ち上がった。
「無茶よクリスちゃん!」
シスターマリアが押しとめた。
「離してくださいマリア。主以外の全知全能なんて創らせるわけにはいきません……!」
「はやる気持ちはわかりやすが、そんなボロボロの体で何をしようと?」
「生命の樹にはカウンターシステムがついています。それは私にしかできないことです!」
「ところがそうでもないんでやすなぁ……」
「……どういうことです? 奇跡倉庫に眠っているカノンクラス……『
「とりあえずクリス嬢は寝てやっせ。全ての決着は小生がつけます故。なに。ゲオルク先生を討伐した暁には神威装置にその名誉を売りますので、そのあたりも心配いりやせん」
「私も行きます……!」
どこまでも納得しないクリスのその首筋に、照ノは二次変換を行って炎の剣を突き付けた。
「しつこい。これは国内……いや、世界有数の魔導テロでやんす。お前様じゃ足手纏いって言ってるのがわからないんでやすか?」
照ノが二次変換で生み出した炎の剣は、渦巻くように回転していた。
「……っ! それは……!」
「回転する炎の剣でやんす」
「……どうやってそれを! まさか奇跡倉庫にクラッキングを……!」
「そんなことしやせんよ恐れ多い……。これは小生の二次変換で創ったモノでやんす」
「っ!」
言葉を失うクリス。
それを理解の証と受け取った照ノは、ニッコリと笑って紫煙を吐いた。
「では、そういうことで……」
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