そは回転する炎の剣04

「っ!」


 反論の言葉につまるクリスを無視して、ゲオルクはアリスに言った。


「来いアリス。世界を革命するぞ」


「あのー……お父様ー、言っている意味がわからないんですけどー」


「アリス、貴様を全知全能の神にする。そして人間を管理させる。真の意味でこの世にエデンを創造する。そのための私だ。そのためのお前だ。そのためのモルゲンシュテルンだ」


「お兄ちゃんー……」


 クイ、と不安そうに、アリスは照ノの紅の羽織を掴んだ。


 それだけで照ノは察した。


 照ノは、ゲオルクから彼女を隠すように立って、そして言った。


「残念でやすがゲオルク先生、アリス嬢は乗り気じゃないみたいでやしてね」


「そうだよー。アリスを全知全能にするなんてー……そんなよからぬことを考えていたなんてー……あの人がアリスを逃がすはずだよー」


「ふむ。部下がアリスを逃がしたのは私にとって予想外だった。あやつには我々の目的をなにかと勘違いしていたようなのでな。しかし結果としては上々だった。こうしてアリスが極東の地……エデンの園に一人でに来訪したのだからな」


「御託はともかく……アリス嬢を渡すわけにはいきやせんな」


「関係ない」


 けんもほろろ。


 一歩、照ノたちに近づくゲオルク。


 同時に、


「っ!」


 クリスが仮想聖釘を投げた。


 ゲオルク目掛けて飛翔する仮想聖釘。


 しかし、


「なっ……!」


 仮想聖釘は、ゲオルクに触れるや否や……まるでそれが幻であったかのように消えてしまった。


「何をしました!」


 吼えながら、仮想聖釘を具現化して投擲するクリス。


 しかし、やはりというか仮想聖釘はゲオルクに触れるや否や夢幻の如く消失する。


「特に何も」


 何をしたか、とのクリスの問いにそう答えるゲオルク。


 三度みたび、仮想聖釘を投げるクリス。


 しかし結果は同じだった。


「な、なんです! あなたは!」


「だから何もしてなどいない。教会にはセブンゾール……聖人病と呼ばれる魔術師がいるだろう。一神教を盲信するあまり一神教のモード以外を完全否定、結果としてあらゆる異教の魔術を無効化にする二次変換が。私の魔術はそれに似る。サタンの属性を持つ私は、『無神論』のモード故に、一神教のモードを受け付けない」


「サタンの属性ですって……!」


「然り」


 頷くと、ゲオルクは、三対六枚の天使の翼を背中から生やした。


「我はアダムカドモンに知恵の実の誘惑へといざなう者なり。我は神への敵対者なり。我、サタンなり」


 ゲオルクは三対六枚の翼をはためかせ、灰色の空へと飛んだ。


 そして、


「ドラゴンブレス……」


 そう呟いたゲオルクが口を大きく開けると、その口から膨大な超高温のプラズマの奔流が溢れ出た。


 その直前に照ノは、


流星あまつきつね


 と呟いて二次変換……魔術を発動させると、炎のオーラを纏って流星のごとき速度で、炎の尾を引く流星のごとき有様で、クリスを御姫様抱っこすると、ゲオルクの放ったドラゴンブレスから彼女を救った。


 ゲオルクが、驚愕に少しだけ目を見開く。


「ほう。炎の魔術で肉体を強化するなどと……どういう発想か……」


「その速さたるや尾を引く星の瞬きにも似て。故に小生は流星あまつきつねと呼んでいやす」


「なるほど。流星か。ならばその速度にも頷ける」


 灰色の空を背景に、天使の翼を羽ばたかせながら、感心するゲオルク。


 しかし照ノとクリスは戦慄していた。


 照ノが何とかクリスを助け出した空間、そこがあった場所はコンクリートをやすやすと蒸発させて大きな……直径五メートルを超える円筒状の深い穴ができていたからだ。


 すさまじい威力である。


「ドラゴンブレス……! 何故サタンの属性を持つゲオルクなんかが……!」


 そう驚愕の言葉を紡ぐクリスに、


「サタンの一形態にレッドドラゴンがあるという説がありやす。おそらくそれを取り込んだのでやしょう」


 クリスを御姫様抱っこから解放すると、そう答える照ノ。


「じゃあゲオルクの背中の翼は……」


「当然ルシファーの属性でやしょうな」


「そんな並列あり?」


「そうは言いやしても事実ゲオルク先生はそうしてらっしゃるんでやすからしょうがないでやしょう……」


「く……!」


 クリスは悔しげに呟くと、両手に仮想聖釘を生み出して空飛ぶゲオルク目掛けて投げた。


 しかしやはりというかゲオルクは何の痛痒も感じなかった。


 クリスが吼える。


「何をしてますの照ノ! あなたも攻撃なさい! 相手が無神論の具現化なら私の奇跡では対処できません!」


「そうは言いやしても……ねぇ?」


「何をためらっているんですか!」


「話し合いで解決できやしないかと思っているんでやんす」


「何を悠長なことを……!」


 そんなクリスを無視して、照ノはくわえたキセルをピコピコと上下させて、それからゲオルクに言った。


「ゲオルク先生。話し合いの余地はありやせんか?」


「否定。我は何があってもアリスを貴様らから奪っていく」


「あんまり戦いたくないでやんすが……そう言われるならしょうがないでやんすな……」


 照ノは、ボサボサの髪を掻きながら、フーッと息をついた。


 そんな照ノを見て、それからアリスに視線を移すとゲオルクは問うた。


「時にアリスよ」


「何ー? お父様ー?」


「貴様にとって陰陽師と威力使徒、どっちが大切だ?」


「お兄ちゃんとクリスさんー? それならお兄ちゃんかなー?」


「了解した。なれば陰陽師を殺そう」


 あっさりと。


 ゲオルクの言葉に、


「っ!」


 アリスは言葉を失った。


「なんでそういう結論になるのよー!」


「それは陰陽師を殺した後で説明してやる」


 うろたえるアリスに答えると、ゲオルクは口を大きく開けて、


「ドラゴンブレス……!」


 そう呪を紡ぐと、超高温のプラズマビームを口から吐きだした。


 同時に照ノも魔術を……意味から現象を起こす。


「ノウマクサラバタタギャテイビャクサラバボッケイビャクサラバタタラタセンダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン。不動明王迦楼羅焔!」


 上空のゲオルクに手を掲げて照ノは仏教における五大明王の一角……不動明王の背負う迦楼羅焔を召喚した。


 超高温の炎の神鳥を二次変換して、ゲオルク目掛けて放つ。


 迦楼羅焔は炎の翼で風を打ち、ゲオルク目掛けて羽ばたいた。


 ゲオルクのドラゴンブレスと照ノの迦楼羅焔とが激突したのも一瞬、ゲオルクのドラゴンブレスが照ノの迦楼羅焔をまさって、迦楼羅焔を蹴散らすと、その延長線上にいる照ノとクリス目掛けて襲い掛かる。


 照ノにできたのは、クリスをドラゴンブレスの射程外に、突き飛ばすことだけだった。


「天常照ノ……!」


 クリスが焦ったように、照ノの名前を呼ぶ。


 しかし次の瞬間、突き飛ばされたクリスはドラゴンブレス……超高温のプラズマビームが照ノを焼き尽くすところを見た。


 直径十メートルの大穴を開けた……単純計算で先ほどの二倍の威力のドラゴンブレスが大地を貫通して、何もかもを消しさった。


 クレーターというには、あまりな深淵の穴を、クリスとアリスは捉えた。


 当然……照ノの遺体など残ってもいなかった。


 遺骨すら拾えない。


 全てはドラゴンブレスによって焼き尽くされた。


 こうして天常照ノはあっけなく死んだ。


「照ノ……?」


「お兄ちゃんー……?」


 クリスとアリスは呆然として、彼がいた空間……既に直径十メートルもの大穴があるだけだが……そこに向かって声をかけた。


 しかし返事はない。


 当然だ。


 照ノは焼き尽くされて既に死んでいる。


 遺体すら残ってはいない。


 肉も、骨さえも。


 照ノがいたという事実は、既に過去のものとなり、アリスとクリスの記憶の中にしかいない。


 しかも、それさえもバートランド=ラッセルに言わせれば、あやふやなものでしかない。


「「…………」」


 言葉を失うクリスとアリスを見ながら、三対六枚の翼で風を打って、華麗に地面に降り立つゲオルク。


 そして言った。


「アリス、私と共に来い」


「なんてことー……してくれたのよー……」


 アリスは少量の涙を流しながら言った。


「なんてことをしてくれたのよー……!」


 一つ一つの声に怨嗟の糸を織り込んで。


「お兄ちゃんはアリスが出会った初めての優しい人だったのにー……! お兄ちゃんはこんな欠陥製品のアリスを認めてくれた唯一の人だったのにー……! なんで殺しちゃったのよー……!」


「何も感じない分際でいっぱしの色を語るな。所詮貴様は哲学的ゾンビ。何も感じず、何に心を動かされることもない存在だ」


「だからこそお兄ちゃんと一緒だった時はあったかく笑えていたのにー……なんでそれを奪うのよー……!」


「率直に言う。私と来い」


「行かせません!」


 クリスが吼えた。


 十字架状の神聖なダガーを抜いて、音速を超えた速度でゲオルクへと肉薄するクリス。


 刃をゲオルクの心臓に突き刺そうとして、しかしダガーはゲオルクに触れるや否や光の粒子へと還元されて、サラサラと消え去った。


「言ったであろう威力使徒。我は無神論の具現化。たとえ奇跡倉庫の蔵物であろうとも、それが一神教のモードであれば、あらゆる奇跡を無効化する」


 ゲオルクは驚愕しているクリスの頭を片手でつかんで、ブンと投げつけた。


 地面に投げつけられ、それがどれほどの膂力でもってなされたのか、まるでボールのように一回二回とコンクリートの上でバウンドしてクリスは気を失った。


「クリスさんー!」


 アリスがクリスの名を呼ぶ。


 しかし彼女は答えなかった。


 頭から血を流して気絶したままだ。


 ゲオルクが言う。


「何度でも言うぞ。私と共に来い」


「お兄ちゃんを殺しておいてー……! クリスさんを傷つけておいてー……! よくもそんなことが言えますねー……!」


「だがアリス、お前ならあの陰陽師を生き返らせられる」


「えー……?」


「あの陰陽師も言っていたであろう。私の目的はアリス……お前を全知全能の存在にすることだ。そうすればお前の願いもかなう」


「お兄ちゃんを生き返らせられるのー……?」


「ああ、無論だ」


「でもアリスが全知全能になればお父様達に牙をむくよー?」


「構わない。殺してくれても、死んだ方がマシだと思えるほどの苦痛を永遠に与えられたとしても問題ない。私の願いは全知全能の存在を創ることに他ならない。なればこそ、あの陰陽師を殺したのだ」


「生き返らせるにはアリスが全知全能になるしかないー……。そのための人質ってわけー?」


「そういうことだ。私とともに来いアリス。全知全能になった暁には陰陽師を救えばいい。お前が全知全能になった後の事に私は何も干渉しない」


 淡々とそう言うゲオルクに、


「…………」


 アリスは何も答えなかった。


 が、ゲオルクの手をとった。

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