そは回転する炎の剣02


 一限目、二限目、三限目、四限目と終わって昼休み。


 照ノとクリスとアリスは、高等部専用の学食で昼食をとると、アリスが呼び出された高等部校舎の屋上際の階段の踊り場まで行った。


 そこで待っていたのは、平均よりやせ細ったイメージを持つ男子生徒だった。


 男子生徒は、アリスが階段の踊り場に来たことを喜び、それから続けて顔を出した照ノとクリスを見つけて苦虫を噛み潰したような顔をした。


 男子生徒が言う。


「な、なんであの天常さんに、あのカイザーガットマンさんが一緒なんだな?」


「「監督責任」」


 異口同音に照ノとクリス。


 男子生徒がさらに言う。


「これから僕とアリスちゃんが何をするか知ってるんだな?」


「愛の告白でやんしょ?」


「愛の告白ですよね?」


「それがわかっててなんでついてくるんだな?」


「「監督責任」」


 異口同音に照ノとクリス。


 アリスが会話を差し押さえるようにパンと一拍して、そして言う。


「それでー、ええとー……山川さんー……でしたよねー? 何の用でしょうー?」


 用などわかりきっているのに、あえて問うアリス。


 話を切り替えるためだ。


「ええっと……天常アリスさん!」


「はいー。なんでしょうー?」


 そう答えるアリスに男子生徒は愛の告白をした。


 そしてアリスはそれを丁寧に断った。


 男子生徒はがっくりと肩を落として去っていく。


 途中、男子生徒はギロリと照ノを睨みつけたが、彼は飄々として気にしなかった。


 彼はアリスをクリスに預けると、高等部校舎の最上階の窓から飛び出して、天翔の魔術を使い足元で小爆発を起こし宙を跳躍、結果として校舎の屋上に足をつけた。


 くわえていたキセルに刻み煙草を詰めて、二次変換……魔術で火をつける。


 スーッと煙を吸ってフーッと煙を吐いた。


 屋上は風が強く、照ノの紅の羽織がバサバサと翻る。


「いやはや、やっぱりこの時間が校内では一番の至福でやんすな」


 もう一度スーッと煙を吸ってフーッと煙を吐く。


 と、途端に景色が一変した。


 聖ゲオルギウス学園には相違なく、高等部の屋上であることにも相違ないが、しかし先ほどとはまったく違う景色が広がった。


 昼間だったのが、いきなり夜になっていた。


 それも真夜中だ。


 月と、それから星が不自然な赤色にて天に輝いている。


 屋上の風は、いつの間にか止んでいた。


「レッドムーン……」


 照ノは、その不可思議な現象を、レッドムーンと定義づけた。


 結界だ。


「はぁい、て・る・の……」


 照ノの背後から猫なで声がかかった。


 照ノが振り向くと同時に、彼は背後の人物にタックルをかまされて、なおかつ押し倒された。


 彼は受け身を取りながら屋上の床に倒れ伏すと「はぁ」と溜め息をついた。


「ジルでやんすか……」


「はお~。あなたの、あなたの、あなただけのジルだぞ~」


 そう言ってジル……ジルベルト=アンジブーストは笑った。


「いつから小生だけのものになりやした? 株式公開しやすよ」


「いやん。他の男に好きにされていいと照ノは言うの?」


「小生も好きにするつもりはありやせんが……。で? こんな昼間っから何の用でやんす。わざわざ結界まで張って……」


「だって結界張んないと僕、灰になっちゃうもん」


 世界に四鬼しかいないグランドヴァンパイア……その中のアルカードとその眷属たちは太陽を苦手としており、直射日光ともなれば生死に関わるのである。


 故に、アルカードとその眷属は、昼間は結界を張ってその中で活動しているのである。


 ジルベルト=アンジブーストの張る結界の名はレッドムーン。


 赤い月が見降ろす常夜の異空間だ。


 そんな四次元側へと少しずれた世界で、照ノを押し倒して水を得たジルは、照ノの胸に指を這わせた。


「ね~照ノ。えっちぃこと……しよ?」


 挑発するようにジル。


 照ノはスーッと煙を吸うとフーッとジルの顔目掛けて煙を吐いた。


「な、なにするの~……!」


 ケホケホと煙たがったジルのマウントポジションを崩して半回転、今度は照ノがジルの胸に馬乗りになった。


「いやん。積極的な男って惹かれる~」


 大して気にしてもいないジルの額に、照ノは火のついたままの刻み煙草をポトンと落とした。


 当然、熱がるジル。


 火は吸血鬼の天敵なのだ。


「あぢぢ! 何するの照ノ!」


 すぐにそんな火傷も修復されるも、ジルは照ノに抗議した。


「アホなこと言うからでやんす」


「僕は本気よ?」


「だからそれがアホだと申してやす」


「据え膳食わぬは男の恥よ?」


「小生も長く生きてやすからそんな経験がないとは言いやせんが、ジル嬢の一目惚れに付き合うほど酔狂でもありやせん」


「しょうがないじゃん。吸血鬼と知られたうえで優しくされるなんて初めての経験だったからさ。吸血鬼の歴史は迫害の歴史。史上どれほどの人間が吸血鬼のレッテルを張られて迫害されてきたか知らないわけじゃないでしょ? ちょっとくらい惚れっぽくなったっておかしくないって」


「…………」


「僕もまた結界の展開を手に入れたことでアルカードの世界から抜け出せた一例だけど、それでも外には僕を滅しようとする教会の手のものが絶えなかった。世界は怖いものだったんだ……。でも照ノは話し合おうって、理解し合おうって言ってくれた。それがどれだけ僕の胸をついたか照ノはわかってないでしょう?」


「…………」


「世界は怖いことばっかりじゃないって……僕はその時思えたの。世界は僕が思うよりほんの少しだけ優しいんじゃないかって……僕はそう思えたの。だから……」


「…………」


「照ノ……好きよ」


「…………」


「うん。本気。嘘じゃない……」


「…………」


「ちょう好き。マジ好き。やばいくらい好き。だからさ、えっちぃこと……しよ?」


「そんなことしなくとも小生は逃げやしやせんよ。もう少しゆっくり考えて、それでも小生が好きならそう申しやせ」


 照ノは、キセルを口から離して、手に持つと、マウントポジションをとったままジルの頬にキスをした。


「だから今はこれで我慢しやっせ」


 そう言ってニッと笑う照ノ。


 ジルは顔を真っ赤にして「あう……」と呟いた。


 そんなジルを見て照ノは意外そうに問うた。


「存外ネンネでやすな、ジル嬢は」


「こんなに恋したの……初めてだもの。乙女の一念を甘く見ないこと」


「へぇ……。まぁ気にはかけやんすが」


 照ノが、ジルにマウントポジションをとったまま、刻み煙草をキセルに詰めて、魔術で火をつける。


 それからスーッと煙を吸って、そして、


「大丈夫ですか照ノ!」


「お兄ちゃんー! 大丈夫ー!」


 そんな声が横から聞こえてきた。


 照ノはフーッと煙を吐くと、横からかかった声に振り向く。


 見ればオベリスクと呼ばれる十字架状の神聖なダガーを持ったクリスと、それからアリスが、空間の裂け目を背負って立っていた。


 ――おそらくダガーで結界を切り破って中に入ってきたのだろう。


 そんな予測をつけると、照ノは煙草を吸った。


「……あの……何をしているんですの……?」


「何をしようとしてるんですかお兄ちゃんー?」


 そう聞いてくるクリスとアリスに、照ノは委細を語ろうとして、それから自分の状況を顧みた。


 照ノは、ジルを押し倒して、マウントポジションをとっていた。


「「「「…………」」」」


 四人の沈黙が赤い月の下で広がる。


 クリスとアリスが、口をへの字にして、呆れたような目線を向けてきた。


 照ノが慌てたように言った。


「いや! ちが! 小生は別にジル嬢に何をしようともしてやせん!」


「へー……。じゃあ何でお兄ちゃんはジルさんを押し倒してるのかなー……?」


「いや、それは……」


「クリスさんー……」


「はい。何でしょう?」


「やってよしー」


 そうアリスに言われて、クリスはジャキッと仮想聖釘を具現化した。


「待った待った待つでやんすー!」


「聞く耳持ちません!」


 結局、照ノはジルの結界を抜けるまで、クリスの仮想聖釘の雨霰を味わった。

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