九尾の狐と吸血鬼10


「ただいまでやんす」


 月光が黄色く冴える夜。


 照ノは、右腕には抱きついて照ノの肩に頬ずりをしている吸血鬼ジルを連れ添って、左腕には照ノの紅の羽織の袖口を掴んで目を真っ赤にはらしたクリスを連れ添っていた。


「ど、どういう状況?」


 照ノの住むオンボロアパート……その隣に建てられ大きな教会の、その裏口から入った照ノは、そんなシスターマリアの問いに、


「いやぁ、それが小生にも説明しづらい状況でやして……」


 そう言ってあははと笑う。


「とりあえずクリス嬢……もう小生の袖口を離してもようござんしょ」


「はい……」


 そう言って、名残惜しそうに……クリスは、照ノの紅の羽織から手を離す。


 …………と、トテトテとアリスが白いロングヘアーを揺らしながら、照ノに走り寄って、そして彼に抱きついた。


「おかえりー、お兄ちゃんー」


「なんでアリス嬢は教会にいるんでやんす……」


「えとねー。アパートにいても暇だったからマリア様に遊んでもらってたのー」


「狙われている自覚皆無でやんすな……」


 照ノは空いた左手で、アリスにチョップをかました。


 それから言う。


「マリア殿。小生空腹でやんす。恵まれない子羊にパンを与えてはくださいやせんか?」


「はいはい。ちょっと待っててね~。すぐ準備するから。クリスちゃんも食べるでしょ?」


「……はい」


 クリスは、言葉少なく頷いた。


「あ、マリアさん。僕はいりませんので~」


 ジルが言う。


「はいはい」


 そう頷いてシスターマリアは、キッチンへと消えていった。


 それからシスターマリアがダイニングに戻ってくると、黒パンにレンズマメのスープを、照ノとクリスに振る舞った。


 照ノとクリスは、それぞれの食前の儀式をして、パンをもそもそと食べ始める。


 その途中で、照ノはシスターマリアに今晩の事の委細を話した。


 シスターマリアは驚きながらも話を飲み込んだ。


「そう……クリスちゃんが……悲しかったね……」


「いえ、私の悲しみは照ノが受け止めてくださったので……」


 ばつがわるそうにそう言うクリス。


 日頃、照ノを邪険にしている分だけ決まりが悪いのだろう。


「そしてそっちのジルベルトさんが件のセカンドヴァンパイア……」


 ダイニングテーブルの照ノの隣の席について、照ノの右腕に抱きついたままジルが言う。


「どうも。ジルベルト=アンジブーストって言うのよ。ジルって呼んでね」


 銀髪の美少女はそう自己紹介した。


「ジルちゃんね……。何より驚いたのは、照ノちゃんがジルちゃんの抹殺指令を神威装置から撤回させたことかしら」


「小生、長らく生きているもんで、神威装置にもいくらか顔がききやんす。なにより同じアルカードの眷属のセカンドヴァンパイア……ミナ=ハーカーは怪人連盟に所属して人間と折り合いをつけてやす。なればジルが人間と折り合いをつけるのも難しいことではありやせん」


 黒パンを貪りながら、照ノ。


「ありがとね照ノ! 大好き!」


 ジルは彼に抱きついた。


 直後、彼は飛んできた仮想聖釘を、首を振って避けた。


 彼の背後の壁に、二本の仮想聖釘が突き立つ。


「何するでやんすクリス嬢……」


「私の全てを受け止めてくれるのでしょう? ですからイライラをぶつけてみただけです」


 プッとジルがいやらしく笑った。


「威力使徒……ジェラシー?」


「だ、誰がこんな奴にししし嫉妬なんかしますか!」


 顔を紅潮させて反論するクリスに、ジルはププッといやらしく笑う。


「焦ってる焦ってる……」


「焦ってません!」


 そう言って仮想聖釘をジル目掛けて投げるクリス。


 ジルはヒョイヒョイと器用に避けて、それから再度照ノに抱きついた。


「焦ってないなら別にいいじゃん。照ノが誰とどうしようが……」


 ジルは見せつけるように、照ノの頬にキスをした。


「なんて破廉恥なことを!」


 クリスが、さらに顔を真っ赤にして、仮想聖釘を照ノ目掛けて投げる。


 理不尽な暴力をヒョイヒョイと器用に避けて、


「恋愛ツンデレーションにも困ったものでやんす」


 照ノが疲れたようにそう呟く。


「誰が恋愛ツンデレーションですか! 誰が!」


 仮想聖釘を投げるクリス。


 ヒョイヒョイと避ける照ノ。


 すると今度はアリスが照ノの左腕に抱きついて言った。


「ちょっとジルさんー。お兄ちゃんはアリスのものだよー?」


「……そうなの照ノ?」


 笑ってない笑顔で聞くジル。


「小生が保護しているのは事実でやすな」


 当たり障りのないことを言う照ノ。


「なんだ。なら何の問題もないね。それに幼女と言ってもいつかは老け込むもの。僕は死ぬまで少女のまま。どちらを選ぶかなんて火を見るより明らかね」


「そんなことないもんー。お兄ちゃんはロリータコンプレックスだもんー。きっとジルさんよりアリスを選ぶよー」


「照ノ……あなたという人は……!」


 右からジルが、左からアリスが、正面からクリスが。


 彼に、アクションを起こす。


 傍で見ていたシスターマリアが笑って言った。


「ふふ、モテモテね照ノちゃん?」


「……勘弁でやんす」


 照ノは、スプーンで仮想聖釘を弾きながら、夜食を再開した。

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