九尾の狐と吸血鬼09

 それは、


「ヒーローズ……!」


 刀身が十メートルもある、


「英雄クラスの召喚……!」


 いびつな形をした、


「ドラゴンバスター……!」


 巨大な剣だった。


 十メートルもの刀身を誇る……巨大な剣を肩にかけて、威力使徒はその名を呼ぶ。


「アスカロン……聖ゲオルギウスの名において、お借りします」


 そうクリスが言った瞬間、奇跡倉庫の扉は、空間に撹拌するように消えた。


「これでチェックメイトでやんすな」


 照ノは、パチンと指を鳴らす。


 火鬼が弱々しく鎮火するように消えた。


 ほぼ同時に、侍が神速でクリスへと間合いを詰めて備前長船兼光を振るう。


 クリスはそれを巨大な剣……アスカロンで受けようとして、その必要もなかった。


 アスカロンが、備前長船兼光を、抵抗もなく切り裂いたからだ。


「っ!」


 驚愕する侍に向かって、人間の反応速度の限界を超えた速度でにて……アスカロンを振るうクリス。


 正中線をなぞるように、縦一文字に切り裂かれる侍の吸血鬼。


「ガ……ハァ!」


 半分になった声帯から、そう苦悶を発して死ぬ。


 そしてクリスは、高等部体育館の屋根を、吸血鬼化した威力使徒に向かって駆けた。


 威力使徒が仮想聖釘を投擲する。


 しかし、加護の装束とアスカロン……この二種によって強化されたクリスの反応速度の前には、あまりに敵足りえなかった。


 クリスは、アスカロンを振るって、必要最低限の仮想聖釘を打ち払うと、あっという間に威力使徒へと間合いを詰める。


「っ!」


 威力使徒は後方に逃れようと、バックステップをした。


 しかし真横に振られた十メートルもの巨大な剣……アスカロンから逃れることはできなかった。


 ズバッ。


 横一文字に体を断ち切られる威力使徒。


「ギ……アアアアアアアア!」


 断末魔の叫びをあげる威力使徒……その心臓めがけてアスカロンを振るうクリス。


 ザクリ、と袈裟切りに、心臓ごと上半身を両断される威力使徒。


 こうしてサードヴァンパイアは全滅した。


 照ノは駆けた……天翔を使い、ジルのもとへ。


 ほぼ同時に、クリスがセカンドヴァンパイア……ジルへと疾駆した。


 アスカロンの神速の一撃を、しかしジルは、なんとか避けた。


 ほとんど僥倖だ。


「ちょっと! 僕のチャイルドを倒したら話し合うんじゃなかったの!」


「それはあなたと照ノが勝手にした契約でしょう。私には関係ありません」


「ちょっと! 陰陽師! この威力使徒止めてー!」


「へえ。ようがす」


 そう言って照ノは、


流星あまつきつね……」


 と呟き、全身に炎のオーラが纏われると、照ノは加速した。


 それも尋常ならざる加速だった。


 音速の……さらに数倍のスピードで、高等部体育館の屋根を駆けると、炎の尾が照ノの軌跡を残して、術名の通りの流星りゅうせいだった。


 アスカロンを振り回すクリス目掛けて疾駆し、そして、


「ふっ……!」


 一呼吸と共に、クリスを蹴り飛ばした。


 クリスは、アスカロンとともに音速を超えて蹴り飛ばされると、高等部校舎に激突して、


「が……はぁ……!」


 と呻いた。


 照ノは「疾風迅雷」と書かれた扇子をパンと小気味よい音とともに広げて、ひらひらと扇ぐと、


「これでいいでやしょか? ジルベルト=アンジブースト?」


 そう言った。


「先にも言ったけど僕のことはジルって呼んで。それから陰陽師……あなたの名前は?」


「天常照ノでやんす。以後、お見知りおきを」


「照ノ……照ノね。惚れたわ。僕の眷属にならない?」


 ジルは彼に抱きつこうとして、炎のオーラを見てとどまった。


「遠慮しておきやしょう。そんなことをすれば教会に入れなくなりやすからな」


 照ノは「疾風迅雷」と書かれた扇子をパンと小気味よい音とともに閉じて懐に戻すと、炎のオーラを纏ったままクリスに呼びかけた。


「クリス嬢。こちらのセカンドヴァンパイアは小生が保護しやす。それでいいでやしょう?」


 そんな照ノの言に、クリスは、ギラリと憎々しげに照ノを見つめ、


「いいわけないでしょう……!」


 地獄の底から這い出たような声で、吐き捨てた。


「吸血鬼はアンチ聖書の筆頭ですよ……! そんな存在を、誰でもないこの私が許容できるものですか……! 全てのアンチ聖書のメタモルフォーズを根絶するまで私達威力使徒が止まることはありません。我らは神威の代行……! 我らは神罰の代行……! 我らは神権の代行……! 我はクリスティナ……クリスティナ=アン=カイザーガットマン。主の代行にして敬虔なる使徒である。我が責務は迷える子羊を主の威光にひれ伏させることにあり。即ち正教を肯定し、異教を否定する者なり!」


 言って、クリスは、校舎の壁を蹴ると、超音速で照ノへと襲い掛かった。


 間合いに入るや否や、アスカロンを振るう。


 照ノはそのアスカロンの間合いを、ギリギリを見切って躱すと、クリス目掛けて疾駆した。


 まるで地上に具現化された流星だ。


 クリスへと接近する照ノ。


 そして掌底を、クリスの腹部へと叩き込む。


「が、はぁ……!」


 クリスは呻いて、また吹っ飛ぶ。


 今度は聖ゲオルギウス学園の高等部のグラウンドだ。


 照ノも炎のオーラ……《流星》を纏ったままクリスを追って疾駆する。


 炎のオーラは、照ノの疾駆した軌跡を示すように尾を引いて、まるで照ノ自身を流星のように見せていた。


 照ノがグラウンドに降り立つと、クリスがアスカロンを構えた。


 彼は、両手を挙げる。


 無抵抗のポーズだ。


「小生、クリス嬢とやりあうつもりはございやせん。矛を収めてはもらいやせんか?」


「アンチ聖書を庇うなら、その者もまたアンチ聖書! まして異教の猿となれば、矛を収める理由がありません!」


「否定しなきゃならないモノがあるなんて、単純に損でやんす。人生好きなものが多いほど潤うのでやんすよ」


「吼えてなさい異教の魔女め!」


 クリスは疾駆した。


 強化された身体能力をフルに使って、まるでコマ落としのように、一瞬にして照ノとの間合いへと踏み込むと、同時に真横にアスカロンを振る。


 クリスがアスカロンを振り抜く。


 しかし、そこに照ノはいなかった。


「っ?」


 驚愕するクリスに、


「こっちでやんすよクリス嬢」


 照ノが、そんなぶっきらぼうの口調。


 クリスが見れば、真横に振り切ったアスカロンの上に、照ノが乗っていた。


「ちっ!」


 クリスは、アスカロンを軸回転させて、刃を立てる。


 その直前、照ノがアスカロンを蹴って真上へと跳んだ。


 彼目掛けて、アスカロンが振り上げられる。


 照ノは、天翔の魔術を使って宙を蹴ると、ズザッと地面に足をつけた。


 それを追って振り下ろされるアスカロン。


 照ノは、一歩横にずれることで、振り下ろされたアスカロンを避けた。


 アスカロンは、その十メートルにも達する馬鹿でかい刀身を地面に埋めた。


 しかしクリスは止まらない。


 容易く地中を切り裂きながらアスカロンを半回転……自身の背後からソレを取り出す。


「……滅茶苦茶でやすなぁ」


 問答無用な威力に戦慄する照ノ。


 それから照ノはフーッと紫煙を吐くと、諭すように言った。


「もう止めやせんかクリス嬢……。人を害してもいない鬼を退治するなんて慈悲もありやせんじゃあないですか。慈悲を旨とする一神教にあるまじき行為でやんすよ」


「吸血鬼は殺します! 絶対に殺します!」


「どうしてそう目の敵にしやす。ジルは自身の護衛以外で人を害してはいないでやんすよ。事実、できるだけ穏便な方法で血を用意し吸っているだけでやんす」


「子供の頃、私は自身の生まれた農村を、アルカードの眷属によって全滅させられています……」


 そんなクリスの言葉に、


「っ!」


 言葉を失う照ノ。


 彼女はアスカロンを構えて言った。


「私の子供の頃に住んでいた村はアルカードの眷属……フォースヴァンパイアに全滅させられました……!」


「…………」


「村人は皆フィフスヴァンパイアやシックスヴァンパイアやセブンスヴァンパイアになって次々と村人を取り込み……村は吸血鬼の温床になりました。ヴァンパイアインフレーションです……」


「…………」


「私もまた吸血鬼に襲われかけました。そこに助けに入ったのが当時の神威装置の威力使徒です。私は神威装置に助けられ、そして神威装置によって育てられました。威力使徒は正しい。神威装置は正しい。教会協会は正しい。聖書は正しい。そうでなければ私は何故あの地獄の中で一人助かったというのです! 照ノだってあの地獄から私を助けてくれなかったじゃないですか! なればこそ私にとって威力使徒は、神威装置は、教会協会は、聖書は、何よりも正しいものであるはずなんです!」


 そう言いきると、クリスは圧倒的な速度で照ノに迫った。


 十メートルを超えるアスカロンが真横に振るわれる。


 アスカロンは、


「な……っ!」


 照ノの手に掴まれて止まった。


 驚愕に打ち震えるクリスを無視して、照ノは掴んだアスカロンを持ち上げた。


 必然クリスもアスカロンの柄を握っている以上、宙に浮かされる形になった。


 クリスの対処は早かった。


 持ち上げられたアスカロンの柄を握っている両手から片手を差し引くと、その手に仮想聖釘を具現化して照ノ目掛けて投擲した。


 照ノは掴んでいたアスカロンを離すと仮想聖釘を避ける。


 自由になったアスカロンを振るうクリス。


 しかしアスカロンは照ノにかすりもしなかった。


「ちょこまかと……!」


「その速さたるや尾を引く星の瞬きにも似て。故に小生は流星あまつきつねと呼んでいやす」


 フーッと紫煙を吐く照ノ目掛けて、クリスは地面に着地すると同時に、アスカロンを縦に振った。


 袈裟切り。


 しかし、ギリギリを見切って、照ノは避ける。


 クリスは地面に埋まったアスカロンを、そのまま切り進めて地面を切り裂くと、次の瞬間には照ノ目掛けて再度アスカロンを振った。


 また紙一重で避ける照ノ。


 しかしアスカロンは地面に潜ることなくピタッと照ノのすぐ横で止まった。


「ちぇりゃ!」


 気合一つ、刃をねかせて真横に振るクリス。


 照ノは上空に跳ぶことで、これを避ける。


 照ノを追撃するかのように、アスカロンが上空目掛けて振るわれる。


 照ノは天翔の魔術をもちいて、これを避ける。


 刀身十メートルを超えるアスカロンを、軽々と振るうクリスも大概だったが、それを避け続ける照ノも、また大概にして人外だった。


 照ノが、ズザァと地面に着地すると同時に横に跳ぶ。


 先ほどまで照ノのいた空間を、アスカロンが切り裂く。


「いい加減斬り殺されなさい……照ノ!」


「そういうわけにもいきやせん。クリス嬢が吸血鬼に怨恨を持っているのは理解しやした。しかしそれは村を襲った吸血鬼の責任でやんす。ジルは関係ありやせん。事実、その吸血鬼は神威装置によって既に退治されたのでやんしょ?」


「だからどうだというのです! 私は村人の皆々が吸血鬼化していった中での唯一の生き残りです! なればこそ犠牲になった村人達のためにもアンチ聖書の化け物を殲滅する義務があります!」


「だからといって無害な一吸血鬼を殺すのはお門違いでやんす。クリス嬢のそれはその事件に後を引いて矛を収められない駄々でやんす。クリス嬢……嬢も力無き者のために力を得たはずでやんす。弱者はいて、それはどうしようもないことで、でもそれらを理不尽から守りたいからこそ威力使徒になったはずでやんす。害をおかしてもいないのに迫害される吸血鬼に何故その崇高な力を振るいやす?」


「うるさいうるさいうるさい! あなたに何がわかります! 両親も! 兄弟姉妹も! 友達も! 知る人全てが吸血鬼化していく地獄を見たこともないあなたに何が語れます! そんな悲劇を繰り返さないためにも吸血鬼は聖絶すべきなんです!」


「それでも……クリス嬢の言い分は勝手でやんす。吸血鬼だって生きてやす。条件も無しにそれを殺すことは神とて許されないことでやんす」


「信じてもいない異教徒が主を語るな!」


「語りやす。たとえアンチ聖書であっても生きる価値はあるんでやんす。そうでなければ何ゆえ唯一神は、アンチ聖書の化け物を創りやした?」


「それは……!」


 言葉につまるクリス。


 照ノは続ける。


「もし本当に神とやらがいるのなら、なにゆえ神はアンチ聖書を創りなさった? 全ては神の御心ではないのでやしょうか」


 照ノの言っていることは、暴言だ。


 しかし事実を正確に捉えているだけに、クリスには答えられなかった。


「クリス嬢のトラウマを語れるほど小生はクリス嬢を知りやせん。しかしてそれと同等にクリス嬢がセカンドヴァンパイア……ジルベルト=アンジブーストを殺す理由が見当たりやせん」


「じゃあ……! じゃあ何であの時照ノは私を助けてくれなかったんですの! あなたがあの時に助けてくれれば私は吸血鬼を憎まずに済んだかもしれないのに!」


「縁がなかったんでやんしょ。それはしょうがないことでやんす」


「そのしょうがなさのために私の両親から兄弟姉妹、果ては知人までもが全滅したというんですか!」


「その原因は既に取り除かれていやす。本当ならそこでクリス嬢の復讐は終わっていやす。なればこそクリス嬢が剣を振るう理由は正義によってのみ為すものでなければなりやせん。剣を取る者は皆、剣で滅びる。これは第一聖人の言葉でやんすが……」


「だって、だって……!」


 アスカロンをふるわせながらクリスは目に涙をためた。


 照ノはそんなクリスに近づくと炎のオーラを解いてクリスを抱きしめた。


「辛い気持ちはわかりやす。小生とて迫害された境遇を持っていやす。でもそれを他に明け渡すわけにはいかないんでやんす。クリス嬢を助けた神威装置は……なるほど正しいでやしょう。クリス嬢を助けた威力使徒は……なるほど正しいでやしょう。そしてそれの基盤にされている聖書も……なるほどクリス嬢には正しいことでやしょう。もし小生がそこにいたら……なんて綺麗ごとは言いやせん。でも……だからといって心優しきを無下にすることはしてはいけないのでやんす。もしそれでも許せない何かがあるなら、それは小生にぶつけやっせ。小生の全てをもって受け止めて差し上げやすから……」


「うう……!」


 クリスは抱きしめる照ノに抱きしめ返した。


「うううう……! うううううううううううううう……!」


 クリスは照ノに抱きついたまま泣いた。


 それは、とても純粋な涙だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る