九尾の狐と吸血鬼08
「戦いの最中に何をやってるんですかあなたは!」
そう叫んだクリスの方向から、仮想聖釘が飛んできた。
「うお!」
ジルを抱きしめて、仮想聖釘を躱す照ノ。
「いやん。抱きしめられちゃった……」
「ただ助けただけでやんす。それより嬢のチャイルド……滅しますがよろしいか?」
「うん。構わない。その代わり僕を守ってね?」
「了解しやした。では……!」
照ノは、天翔の魔法で、体育館の屋根を蹴ると、クリスへと接近した。
照ノに向けて投げられた仮想聖釘を、天翔によって加速、回避し、それから彼は振り下ろされた備前長船兼光の鎬の部分を殴って、軌道を逸らす。
牽制に炎を生み出して、敵との距離をとると、それから照ノはクリスに言った。
「とりあえず小生は陰陽師……土御門晴嵐を相手取りやす。その間丸目蔵内とバルトロメオ=ヴァイスを押さえていてくれやせんか?」
「いいでしょう。いい加減陰陽術の援護が鬱陶しくなってきてたんです。では土御門は頼みましたよ」
「了解しやした」
言いあって、照ノとクリスは散った。
照ノは天翔の魔術を使って、あっという間に土御門晴嵐……陰陽師へと間合いを潰す。
同時に、
「ファイヤーパンチ……」
と呟くと、照ノの両手を炎が纏った。
その炎の両手で陰陽師を殴りつけようとする照ノ。
陰陽師は、
「水剋火。水気によって火気を剋す」
そう呪文を唱えて、二次変換によって水の壁を創りだす。
さらに、
「水槍」
と唱えた。
水の壁から水の槍が生まれ、間合いを詰めようとした照ノ向かって襲い掛かる。
照ノは、天翔の魔術によって、上方に跳び、これを避けると、空中をジグザグに駆けて陰陽師の側面を取る。
そして炎を纏った手で、陰陽師を殴った。
ボディに一発。
狩衣姿の陰陽師の体に、修復不能な傷を与える。
「ギ――アアアアアアアアアッ!」
痛みに咆哮しながら距離をとる陰陽師。
それから霊符を取り出して呪文を紡ぐ。
「木気、雷! 乾から坤へ!」
落雷が、照ノに落ちた。
「がっ!」
雷にうたれ、一瞬痙攣した後、照ノの全身が炎に包まれて、その後に鎮火すると、何事もなかったように天翔の魔術を使って、一気に間合いを詰める照ノ。
雷にうたれても平然と動く照ノに、一瞬、陰陽師は動揺した。
その動揺の隙をついて、彼は距離を詰めた。
「ファイヤーパンチ……アンドキック……!」
照ノの四肢に炎が宿る。
同時に怒涛のラッシュが陰陽師を襲った。
殴られ蹴られ燃やされて後退する陰陽師。
その陰陽師に追いすがり、
「炎勁……」
呟いた照ノの……炎を纏った右手が、陰陽師の腹部に接する。
そして寸勁と爆発が炸裂する。
大きく吹っ飛ばされる陰陽師。
同時に照ノは叫んだ。
「とどめでやんす。外道焼身霊波光線!」
照ノの両目から炎の奔流が溢れ、それは吹っ飛ばされた陰陽師目掛けて襲い掛かった。
しかし陰陽師も次の一手を打った。
「水剋火! 水気をもって火気を剋す!」
その呪文と共に、水の壁が現れて、陰陽師は外道焼身霊波光線を防いだ。
しかし、
「甘いでやんすな」
照ノは、ニヤリと笑って、紫煙を吐いた。
「火侮水。出でやんせ朱雀。小生に敵対する者を焼き尽くせ」
五行において火気を司る神鳥……朱雀が照ノの周囲の空間を歪めて現れた。
炎によって形創られた神鳥が一声吼えて、そして陰陽師に襲い掛かった。
火は水と相性が悪い、などという理屈すらねじ伏せて、火気の塊である朱雀は、水の壁ごと……そして陰陽師の悲鳴ごと本体を飲み込んで、全てを焼き尽くした。
灰すら残らず消え失せたヴァンパイア陰陽師に続いて、炎の神鳥……朱雀もまた各所がちぎれるように、いくつかの炎の塊となって、最後には鎮火するように消えた。
「すご……!」
そう呟いたのはジルだった。
紅い目を見開いて驚愕する。
サードヴァンパイアと言えば高位のそれだ。
それを苦も無く倒してしまう照ノに驚愕したのだ。
照ノはといえば、
「ふむ。こんなところでやんすか……」
そう呟いて、クリスの方を見やる。
クリスは苦戦していた。
仮想聖釘を両手に具現化して威力使徒と侍に投擲するも、どちらも素早い身のこなしで避ける。
威力使徒の投擲する仮想聖釘は、音速すら超える。
それを避けるサードヴァンパイアの身体能力……推して知るべし、である。
直後、威力使徒が仮想聖釘を具現化して投げる。
「ちぃっ!」
音速を超える仮想聖釘をギリギリで避けるクリス。
その隙をついてすさまじい踏み込みでクリスの間合いに入った侍が備前長船兼光を振るう。
クリスはダガーでそれを受け止め……ようとして、純粋な力で押されて拮抗状態に陥る。
そこに仮想聖釘が飛ぶ。
背後に避けるクリス。
さらに仮想聖釘が飛ぶ。
屋根を蹴って照ノの方へと回避するクリス。
照ノはそんなクリスを見やって、紫煙を吐いた。
「存外苦戦しているようでやんすなクリス嬢」
「仮想聖釘の方が厄介ですからね。この状況なら奇跡倉庫を開くのもやむなしなんですが、その隙すらありません」
「おや。魔なるものを排除する仮想聖釘が魔ではない神の奇跡による加護の装束を貫ける道理もないでやしょ?」
「……………………」
だんまりになるクリス。
「と、戯れてる暇もありやせんね」
照ノは、手から二次変換による炎の奔流を出して、威力使徒と侍を牽制した。
それから呪を紡いだ。
「出でやんせ、火鬼」
同時に、空間を歪めて、二鬼の赤鬼が、照ノとクリスから少し離れたところに現れた。
身長は三メートルくらいか。
筋肉隆々で腰蓑一枚。
そして何より……炎のオーラを身に纏っていた。
クリスが驚愕する。
「照ノ、あなた召喚魔術が使えたんですか!」
「まぁ少しかじった程度でやんすがね」
「どんな魔術です!」
「大局将棋って知ってやすか?」
「将棋って言えば東洋のチェスでしょう?」
「まぁそうでやんすが……その中でも大局将棋には火鬼と呼ばれる駒があるんでやんす。その効果は自分を中心に全周囲を焼き尽くすこと。小生はその効果を二次変換として具現化しただけでやんすよ」
「アポテオーシス・リミッター無視ね。照ノの魔術は……」
「カラカラ。小生、邪道に生きる傾奇者でやんすから」
照ノは紫煙を吐く。
それから言った。
「散れ、火鬼」
その命令に従って、二鬼の火鬼は、侍と威力使徒目掛けて襲い掛かった。
炎のオーラに触れただけで焼かれる。
炎は吸血鬼の天敵だ。
侍と威力使徒は距離をとるしかなかった。
威力使徒の方は仮想聖釘を投げるも、刺されたことすら気にせず火鬼は暴れる。
照ノはフーッと煙を吐いて言った。
「隙はつくってやりやした。はやく奇跡倉庫を開くでやんすよ」
「……そうね」
しぶしぶとながら……というのも照ノに借りを作るのが気に食わなかったのだろう……クリスは十字架状の鍵を二次変換によって具現化する。
そして、
「無力に震え不遜に恐るる子らにこそどうか奇跡を。開かれる武器庫は闘争のためにかと、かくあらず。ただ矮小なるこの身に主の栄光をだけ欲するなれば、祈り捧ぐように魔女を滅すること覚えたり」
そう呪を紡いで、その鍵を空間に突き刺すと、ガチャリと錠前をまわした。
次の瞬間、空間に唐突に扉が現れた。
赤い月と赤い星が燦然と輝く夜空の下、クリスの目の前の空間に現れた扉はギィと開く。
それは異次元へのアクセスだった。
それは異世界へのリンクだった。
奇跡倉庫と呼ばれる異空間結界に繋がる扉に、クリスは手を差し込む。
そして奇跡倉庫の扉から、一つの神器とも呼ぶべき武器を取り出す。
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