九尾の狐と吸血鬼07


「はぁ……! はぁ……!」


 紅い月の出ている夜。


 紅い月と紅い星が彩る結界の……その夜空の下、クリスは息を荒くしながら次の攻撃に備えた。


 クリスの正面から仮想聖釘が音速を超えて飛んでくる。


「くっ!」


 加速してギリギリでそれを避けるクリス。


 避けた先で日本刀……備前長船兼光を振るわれる。


 雲耀の一撃を持っていた備前長船兼光を、オベリスクと呼ばれる十字架状のダガーで受け流すクリス。


 同時に仮想聖釘を具現化するクリス。


 それを後方に投げる。


 その仮想聖釘は、


「火剋金! 火気を持って金気を剋す!」


 そんな呪文とともに現れた炎の壁の前に無力化される……はずだったが、


「甘い!」


 炎の壁という魔術を無効化にして突き抜ける仮想聖釘。


 そして仮想聖釘は炎の壁の術者に刺さる。


「ギアアアアアアアアア!」


 術者が叫びをあげる。


 同時に備前長船兼光がまたしても振るわれる。


「ちぃ!」


 舌打ち一つ。


 クリスは備前長船兼光をバックステップで避けて、仮想聖釘を前方に投げようとして、


「っ!」


 悪寒を感じてその場を全速力で離れた。


 先ほどまでクリスのいた空間には仮想聖釘が突き刺さっていた。


 仮想聖釘はコンクリートの屋上を簡単に貫通して見えなくなった。


 すさまじい投擲力だ。


 そしてクリスが避けた先には高圧水流……ウォーターカッターが襲い掛かる。


 上方に跳んでそれを避けるクリス。


 そんなクリスに備前長船兼光が振るわれる。


 空中でダガーを振るって備前長船兼光に対抗するクリス。


 そんな空中で身動きの取れないクリス目掛けて仮想聖釘が投擲される。


 魔術的要因を無効化にし、魔術的復元を無効化にする……破魔の釘がクリスに襲い掛かる。


 これまでか、と思ったクリスに反して、彼女は抱き上げられて、仮想聖釘の軌道上から逃れる。


「っ!」


 驚愕するクリスを空中で抱き上げる存在がいた。


 そいつは、ボサボサの黒髪ショートで、口にキセルをくわえており、曼珠沙華の意匠をあしらった紅の羽織を着ており、下駄をはいた少年だった。


 天常照ノがクリスを抱き上げて空中で加速……ピンチを救ったのだった。


 照ノは言った。


「潔く行った割に苦戦してるようでやすな」


「まさかセカンドヴァンパイアの他にサードヴァンパイア三体を相手にするとは思わなかったんです」


「どうやらそうでやすね……」


 呟いて照ノはクリスを御姫様抱っこしたまま天翔の魔術を使って足元で小爆発を起こし空中を駆けた。


 そんな二人に、此度日本に来たセカンドヴァンパイア……ジルベルト=アンジブーストが声をかけた。


「はは、まさか援軍が来るとはね。へえ、いい男じゃない……」


 そう言って銀髪ショートの美少女にして吸血鬼……ジルベルトは笑った。


 ジルベルトは聖ゲオルギウス学園の高等部体育館の屋根に座って輸血パックの血をズズーッと吸っていた。


 照ノが問う。


「そちがセカンドヴァンパイア……ジルベルト=アンジブーストに間違いありやせんか?」


「そうだよー。ジルって呼んでね」


「その今飲んでいる輸血パックはどこで手に入れやした?」


「あーん? 不思議なことを聞くね。でもまぁいいや。近くの総合病院のナースを洗脳して穏便に譲ってもらったんだよ。吸血鬼の目は《魅了》を備えているのは知ってるでしょ?」


 悪意を感じさせない顔で、ニコリと笑うジル。


「なるほどでやんす……」


 クリスを御姫様抱っこしたまま、高等部体育館の屋根に着地する照ノ。


 同時にセカンドヴァンパイアであるジルに血を吸われてサードヴァンパイアになった威力使徒が、陰陽師が、侍が、高等部体育館の屋根に着地した。


 クリスを解放して、照ノはそれらを見渡しながら言う。


「威力使徒の方は知りやせんが陰陽師は土御門晴嵐、侍の方はタイ捨流の丸目蔵内でやんすか……。これは厄介でやんすな……」


「威力使徒も十分厄介です。バルトロメオ=ヴァイス……私の先輩ですよ」


「実力は?」


「私と五分……と言いたいけど少し上ですね」


「ふむん……。本当に厄介でやんすなぁ」


 照ノは、煙を吸って、吐いた。


 それから、


「ジル嬢」


 ジルに話しかけた。


 ジルは輸血パックから血を吸いながら答える。


「なにー?」


「話し合いやせんか? 小生、あまり戦いたくないでやんす」


「な、なにを……!」


 抗議しかけたクリスの口をふさいで照ノは続ける。


「そちらとしても戦うのは本意じゃないでやしょ?」


「へー? なんでそう思うのさ?」


「単に血を吸って暴れたいだけなら素直にそうすればいいだけでやんす。しかしてジル嬢は穏便な方法で輸血パックを手に入れて吸っていやす」


「…………」


「血を吸って眷属化したのも自身を殺そうと襲った敵だけ。あきらかにジル嬢は遠慮していやす……吸血鬼として猛威を振るうということに関して……」


「あっははは!」


 ジルは銀の髪を揺らしながら笑った。


「正解。正解だよ。魔術師。僕は根っからの平和主義でさ。あんまりドンパチは好きじゃないんだ。だから吸血鬼に敏感な西洋から逃げてきたのさ。まぁ結局こっちでもこうやって排斥の憂き目にあってるんだけどね」


「では話し合いでかたをつけるとしやしょう」


「僕はそれでもいいけど僕のチャイルドは無理よ」


 そうジルが言った瞬間、仮想聖釘がヴァンパイアと化したバルトロメオ=ヴァイス……威力使徒の方から襲い掛かった。


 照ノとクリスは屋根を蹴ってそれを避ける。


 その次に丸目蔵内……侍が神速で突っ込んできて備前長船兼光を振るう。


 それと並行して土御門晴嵐……陰陽師の術である炎の奔流が照ノ達を襲った。


 照ノとクリスは散った。


 照ノはジルの方へと。


 クリスはジルとは反対の方向へと。


 照ノはジルに接近すると煙を吐いてから言った。


「ジル嬢。そちのチャイルドでやしょう? 止められないんでやすか?」


「うん。無理」


「なにゆえ」


「自由意思を持たせたら吸血鬼になったところで構わずに親の僕を襲いそうな連中だもん。だから僕の結界に入ってきたものを自動的に攻撃するように設定したの。しょうがないでしょ? こっちだって命は惜しいんだもん」


「なるほどでやんす。それはしょうがありやせん。ではチャイルドは滅しやすよ。その上で話し合いやしょう」


「あなた、不思議な人ね。普通吸血鬼って知ったら怯えるか殺そうとするかの二つに一つなのに」


「もしもジル嬢が吸血鬼の力を使って暴れたのなら小生も滅するもやむなしと結論付けたでやしょう。しかし嬢は誰も傷つけず血を補給してやした。そんな優しい吸血鬼を滅するなんて小生にはできやせん。それに排斥の憂き目にあう肩身の狭さは小生も感じ入ることができやす。吸血鬼の歴史は排斥の歴史。正直なところ同情を禁じえやせん」


「それ、愛の告白?」


「耳鼻科に行きやっせ」


「僕、実は惚れっぽいんだ……。吸血鬼の僕は優しくされるなんて滅多にあることじゃないからね。ねえ、惚れていい?」


「小生に惚れると火傷しやすぜ」


「いやん。かっこいい」


 そう言って体をクネクネさせるジル。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る