九尾の狐と吸血鬼06


 たくさんの使用人に見送られて、殺生……玉藻御殿の結界を出た照ノは、懐からキセルを取り出すと火皿に刻み煙草を詰めて魔術で火をつけた。


 ゆらゆらとキセルから煙が立ち上る。


 照ノはスーッと煙を吸ってフーッと煙を吐いた。


 すっかり夜になった星空を眺めながら言う。


「いやー、いい酒でやんした。こんなに気持ちよく酔えたのは久しぶりでやんす」


 そう言って煙を吸う照ノの、その後頭部にクリスのハイキックが刺さった。


「おぶぎょう!」


 と、わけのわからない悲鳴を上げながら、照ノがダウンする。


「何するでやんすツンデリッシュ!」


「誰がツンデリッシュですか、誰が! それから説明が足りてませんよ! 結局モルゲンシュテルンとアリスの関係はどういうことなんです!」


「あー……それでやすか……」


 言葉を濁すように照ノ。


 照ノはキセルをくわえた口からフーッと紫煙を吐くと、


「聞かない方がいいでやんす」


 そう言った。


 ジャキッと仮想聖釘を具現化して構えるクリス。


「待った待った待つでやんす! 小生はクリス嬢の事を思って……!」


「なら尚更話しなさい。この際隠し事は反抗と受け止めます」


「黙秘権を行使しやす」


「死ね!」


 そう言ってクリスは仮想聖釘を照ノに向かって投げる。


 音速を超えて投げられる仮想聖釘をギリギリで躱す照ノ。


「何するでやんすか。いくらツンデレオンと言っても、やっていいツンとやってはいけないツンがありやすよ!」


「誰がツンデレオンですか誰が! そうじゃなくてモルゲンシュテルンとアリスの関係を言いなさいと……」


 と言ったところで、クリスの修道服……加護の装束のポケットに入っているスマホが『雨に唄えば』を歌いだした。


 着信の合図だ。


 クリスは一旦照ノに対する殺気を封じ込めて、スマホの着信を取る。


「もしもし」


 そう言って着信に出たクリスが、相手側の言葉を聞くとともに、驚愕に目を見開いた。


「「……?」」


 そんなクリスの様子に首を傾げる照ノとアリス。


 驚愕の表情のままスマホの通信を切るクリス。


 そんなクリスの顔色を伺いながらアリスが問う。


「あのー……どうかしましたかクリスさんー?」


「少し野暮用が出来ました。私は先に帰ります」


「車ならもうすぐ着きやすよ?」


 そう補足する照ノに、


「それでは遅すぎます。では……!」


 クリスは、音速を超えて跳んだ。


 超音速のまま駆け続け、あっという間に照ノとアリスの視界から消え失せる。


 まるで銃弾より速いエイトマンだ。


 そして地平線の彼方へと消えていくクリスに、照ノとアリスが顔を見合わせる。


「なんでしょうー?」


「なんでやんしょ?」


 二人そろって疑問を呈したところに、玉藻御殿の玄関先にリムジンが止まった。


 運転席からモノクルをつけた老齢執事が現れた。


 玉藻御殿への行きにも現れた執事だ。


「主人の命により参上しました」


 そう言って深々と一礼する老齢執事。


「では帰りもよろしくお願いしやす」


「は。承りました」


 そう言って再度一礼すると、老齢執事は照ノとアリスをリムジンの中へと案内する。


 それから老齢執事は不思議そうにこう問うた。


「行きにはおられたシスター様はどちらに?」


「ああ、あいつなら先に帰ってやんす。気にしないで構いやせん」


「了承しました。ではお二方だけを送らせてもらいます」


 そう言って老齢執事はリムジンを発進させた。


 三十分後、照ノとアリスは老齢執事によってシスターマリアの教会の前に送られた。


 照ノとアリスはリムジンを降りる。


 照ノはキセルの火皿に刻み煙草を詰めて、それに魔術で火をつけ、煙草の煙を味わいながら言った。


「送り迎え、ありがとうございやす」


 アリスもそれに追従する。


「執事さんー、ありがとうございますー」


 老齢の執事は慇懃に一礼して言う。


「もったいのう……」


 老齢執事はリムジンを走らせて、照ノとアリスの視界から消えた。


 アリスが言った。


「ところでお兄ちゃんー、何で玉藻前のところに行ったのー?」


「奴ならモルゲンシュテルンの実情を知っているかと思いやしてね」


「それでアリスを狙っている組織が魔術結社モルゲンシュテルンってことがわかったんだよねー?」


「そういうことでやんすな」


 そう言って照ノは紫煙をフーッと吐く。


「結局何がわかったのー?」


「それは秘密でやんす」


 そう言って照ノはアリスにウィンクした。


 それから照ノは、


「そんなことより腹が減りやした。マリア殿に夕食を恵んでもらいやしょ」


 言いながら、シンチレーションを起こす夜空の星達に向かって、紫煙を吐く。


 キセルをくわえて、夜風に紅の羽織をはためかせ、カランコロンと下駄を鳴らして、照ノはシスターマリアの教会の裏口からお邪魔する。


「アリア殿ー、腹が減りやしたー。この哀れな子羊めにパンを御恵みくださいやせー」


 そう言いながら教会の裏口から屋内に上がると、


「照ノちゃん!」


 シスターマリアが、せっぱつまった表情で照ノを迎えた。


 照ノに続いて、裏口から教会に入ってきたアリスも、少し驚愕する。


 照ノはキセルの煙を吸って吐いて、それから言う。


「どうしやしたマリア殿?」


「どうもこうも! クリスちゃんを助けて!」


「落ち着きやせマリア殿。いったいどうしたでやんす?」


「クリスちゃん……一人でヴァンパイアを退治しに行っちゃった!」


「っ!」


 驚愕で言葉を失う照ノ。


 それから玉藻御殿の門前でクリスが受けた電話の内容をそれと察知する。


「ちなみにヴァンパイアの序列は?」


「第二位!」


「祖は?」


「アルカード!」


「それは……最悪でやんすな」


「そのヴァンパイア……ジルベルト=アンジブーストを追って神威装置の威力使徒の一人……バルトロメオ=ヴァイスが日本にきて返り討ちにあったって……! それでクリスちゃんに話がまわってきて……! このままじゃクリスちゃんまで返り討ちに……!」


「事情はわかりやした。小生もすぐ援護に向かいやす。でやすからマリア殿もご安心を……」


「うん……うん……」


 泣きそうな顔で二度頷くシスターマリア。


 照ノはアリスを連れて教会の隣の自分の城……ボロアパートに帰る。


 帰る途中アリスが不思議そうに聞いてくる。


「お兄ちゃんー、そのヴァンパイアってそんなに危険なのー?」


「アルカードの眷属のセカンドヴァンパイアとなればそれは危険でやんす。下手をすればヴァンパイアインフレーションが起きやす」


「ヴァンパイアインフレーションって何ー?」


「ヴァンパイアに噛まれた者がヴァンパイアになるのは知ってやんすか?」


「それはまぁー」


「なれば吸血鬼が血を吸い新たな吸血鬼を作る。その吸血鬼達が次の日に新たな吸血鬼を作る。その吸血鬼達が次の日に新たな吸血鬼を作る。この倍々計算をしていけば何日で人類は全員吸血鬼化すると思いやす?」


「さあー?」


「一ヶ月と少しでやんす」


「えー? そんなに早いのー?」


「あくまで理想論で言えばでやんすが……。とまれ、吸血鬼が見境なく人を襲えば爆発的に吸血鬼が増えやす。これを指してヴァンパイアインフレーションと呼ぶんでやんす」


「大変だー……。それでー、序列第二位とかセカンドヴァンパイアというのはー?」


「吸血鬼にはグランドヴァンパイアと呼ばれる四鬼の祖がいやす。アルカード。ノスフェラトゥ。クドラク。カーミラ。彼らがグランドヴァンパイア……日本で言うところの真祖と呼ばれる始まりのヴァンパイアでやんす」


「ふんふんー。それでー?」


「クドラク以外のグランドヴァンパイアはそれぞれ繁殖能力を持っていやす。例えばアルカードなら血を吸った相手を自分と同じ吸血鬼にしてしまいやす。グランドヴァンパイアによって繁殖させられたヴァンパイアをセカンドヴァンパイアと呼びやす。セカンドヴァンパイアによって繁殖させられたヴァンパイアをサードヴァンパイアと呼びやす。後は順繰りにフォースヴァンパイア、フィフスヴァンパイア、シックスヴァンパイア、セブンスヴァンパイアと呼ぶんでやんす。序列第二位とはセカンドヴァンパイアの事でやして、数字が小さければ小さいほどヴァンパイアとしての格や強さが増すという寸法になってやす」


「ちょちょちょちょっと待ってー。じゃあセカンドヴァンパイアってグランドヴァンパイアの四鬼に次いで強いヴァンパイアってことー?」


「そういうことでやんす。セカンドヴァンパイアと言えば蔵物を使っても倒せるかどうかという連中でやすのに……まったく、あのツンデリズム主義者にも困ったものでやんす」


「クリスさん大丈夫かなー?」


「それが心配でやすから小生が手助けに行くでやんす。アリスは小生の部屋にいやせ。人避けの結界を張っている小生の部屋なら大方の問題からアリス嬢の身を守ってくれやす」


「アリスもついていっちゃ駄目ー?」


「駄目でやんす。大人しく留守番してやんせ」


「はーいー」


 素直に照ノの部屋に居座るアリス。


 そんなアリスに固形栄養食品を投げ渡す照ノ。


 アリスは不思議そうに固形栄養食品を見る。


「これは何でしょうー」


「今日の夜食でやんす。それでも食べて小生らの帰宅を待つでやんす」


「はーいー。そうしますー」


 素直にそう言ってブロック型の固形栄養食品を食べ始めるアリス。


 照ノはそんなアリスを横目に部屋から出ると、スマホを取り出して馬九李に発信する。


 馬九李はワンコールで出た。


「はろはろー、どしたノ照ノ」


「ここらで暴れているセカンドヴァンパイアがいるでやんす。そっちの情報網にかかっていやせんか?」


「ああ、ジルベルト=アンジブーストのことネ。当然掴んでるヨ」


「今どの場所にいやす。というか何でわかった時点で小生に連絡をくれやせんでした?」


「場所は聖ゲオルギウス学園。連絡しなかた理由は縄張り争いに照ノを関わらせたくなかたからネ」


「どういう意味でやんす?」


「ヴァンパイアは西洋では悪魔やドラゴンに次いで強力かつ有名なメタモルフォーズてのは知てるでショ?」


「それはまぁ……」


「当然アンチキリストのメタモルフォーズ達を倒すのは自分達だと神威装置は思てル。矜持て奴だヨ。もし照ノがこれを倒そうとすれば神威装置と敵対することになる」


「上等でやんす。それにクリスはツンデレでやすからな。なんだかんだで許してくれやすよ」


「まぁそう言うならいいけド。ああ、ついでに言えば土御門家と丸目一族が動いてるヨ。別に照ノが動かなくともかてに収束すると思うヨ」


「土御門に丸目……そいつらがヴァンパイアに取り込まれたなら最悪でやんすな……」


「そう簡単に後れをとるとは思えないヨ」


「とりあえず小生はいきやす。情報ありがとうございやす」


「いいヨ。ただしに神威装置との確執はごめんヨ。それだけ了解しテ」


「了解しやした。では……!」


 そう言って照ノはスマホの通信を切ると、


「天翔……!」


 足元に小爆発を起こして飛んだ。

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