九尾の狐と吸血鬼01
「ピピピ! ピピピ! ピピピ!」
目覚まし時計が鳴る。
が、眠っていた天常照ノは、意識的にか無意識的にか、要領よく目覚まし時計のアラームを止めると、また布団の中に、もぞもぞと篭もっていった。
しかし、
「起きなさい! 朝ですよ!」
今日は勝手が違った。
クリスとアリスが、一つ屋根の下にいるのだ。
クリスのボディブローをくらって、照ノは強制的に覚醒させられた。
もぞもぞと布団から這い出る照ノ。
「何しやすツンデリオ=ハーン……」
「誰が小泉八雲風ツンデレですか! 目覚ましが鳴ったのですから朝です。早く起きなさい。マリアが朝食を用意していますよ」
「お兄ちゃんは朝が弱いんですねー」
クスクスと笑って、白いロングヘアーを揺らす幼女……アリス。
アリスは白いワンピースを、クリスはオックスフォードグレーの修道服……加護の装束を着ていた。
二人とも、着替え済みだ。
照ノだけが、寝間着姿のままだった。
そんな照ノの耳を引っ張って、強制的に起立させるクリス。
それからクリスは、照ノの耳を引っ張ったまま、照ノの部屋を出て、靴を履くと、照ノの住んでいるアパートの隣に立っている大きな教会の裏口玄関へと入る。
当然アリスも、それに続く。
玄関を通り、ダイニングへと至った三人に、シスターマリアが微笑みかける。
「おはよう、三人とも。今日もいい朝ね」
慈愛を表現したような柔らかな笑みを浮かべるシスターマリアに、クリスとアリスが「おはようございます」と返す。
照ノはといえば、
「どこかの全自動暴力マシーンのせいで最悪の目覚めでやんす……」
そうクリスに聞こえない声で、ぼそっと言った。
「それじゃあ朝食にしましょうか。今日はシチューを作ってみたの」
「わーいー。シチュー」
アリスが万歳をする。
朝食の準備は、シスターマリアとクリスの手によって、円滑に進められた。
中央には、本格窯焼きのパン屋から買ったパンが、バスケットに狭しと置かれて、ダイニングテーブルのそれぞれの席には、シチューが平皿で置かれた。
「いただきます」
照ノが合掌した。
「いただきますー。アーゲー」
アリスは合掌して、十字を切った。
「「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。アーゲー」」
十字を切るクリスとシスターマリア。
そうやって朝食が始まった。
各々が、ダイニングテーブルに置かれたパンを取って、自らのシチューに浸して食す。
「マリア様のご飯は美味しいですねー」
満足そうに言うアリス。
シスターマリアは、困ったような表情をする。
「昨日のタンシチューに続いて今日もシチューでは芸がないと思われそうですけどね」
「そんなことありやせん。昨日のタンシチューも今日のホワイトシチューも十分な美味しさでやんす」
そうフォローする照ノ。
「そうですよー。こんな美味しいものを作っておいて謙遜するなんてもったいないですー」
照ノに追従するアリス。
「ところで……」
シチューにパンを浸しながら、クリスが問題を提起した。
「何者かに狙われているアリスをどうしましょう? 私と照ノは学校があるのですが……」
ちなみにシスターマリアに戦闘能力はない。
しかしシスターマリアは、ニヤリと笑って、こう言った。
「大丈夫よ。ちゃんと根回しはしてあるから」
「「根回し?」」
同時に聞き返す照ノとクリスに、それ以上を語らないシスターマリアであった。
*
時は朝のホームルーム。
照ノとクリスは、シスターマリアの策略に唖然とした。
担任の教師が言う。
「はい。と、いうわけで今日からお前らと一緒に学業に専念することになった天常アリスだ。仲良くしてあげろ」
「よろしくお願いしますー」
年のころ十二、十三といった様子の幼女が、白いロングヘアーを揺らし、白いワンピースを着て、お辞儀をした。
「お兄ちゃん共々、仲良くしてくださると助かりますー」
そんなアリス。
これがシスターマリアの言った根回しであることを、照ノは察した。
まさか生まれて間もないゴーレムを、高等部のクラスにねじ込むとは。
照ノは頭痛のする思いだった。
そして担任が続ける。
「相田、中島、山田……立て。席替えだ。そこには天常照ノと天常アリス、それからカイザーガットマンが座ることになる」
相田、中島、山田と呼ばれた三人は、言われたことを飲み込めず呆然とする。
担任が言う。
「聞こえなかったのか? その席を明け渡せと言っている。教師命令だ。グズグズするな!」
そう一喝する担任の教師に、相田と中島と山田が、席替えの準備をする。
「天常兄妹にカイザーガットマン……お前たちもだ。相田、中島、山田の席が今日から、お前らの席だ」
ちなみに相田の席が、窓際最後方というベストポジション。
中島が、その隣。
山田が、そのまた隣と、相成る。
照ノとクリスは慌てて、アリスは悠々と、窓側の最後方の席へと移動する。
結局……照ノ達の席は、照ノが窓際最後方、アリスがその隣、クリスがそのまた隣となった。
「どう思いやす?」
アリスを挟んで、反対側に問いかける照ノ。
クリスも、疲れた声で答えた。
「どうも何もマリアがこの学校の上に圧力をかけたんでしょう」
「でやんすなぁ……」
照ノは曼珠沙華の意匠をあしらった紅の羽織をいじりながら、煙草の入ってないキセルをくわえて、ピコピコと上下させた。
「お兄ちゃんとクリスさんと一緒のクラスで嬉しいですー」
そんな裏事情を知りもせぬアリスは、忌憚のない言葉を紡ぐ。
「「はぁ……」」
照ノとクリスの二人は、溜め息をついた。
そして朝のホームルームが終わる。
同時に、クラスメイトは、沸き立った。
皆が皆、アリスを取り囲むように詰め寄った。
「アリスちゃんは照ノさんの妹なの?」
「いえー、お兄ちゃんは親戚ではありませんー」
「すごく小さいねえ。本当に高校生?」
「はいー。高校生ですよー?」
「髪きれいだね。外人?」
「はい。生まれはドイツですー」
「可愛い!」
「ありがとうございますー」
常時そんな様子で、アリスはクラスメイトに可愛がられていた。
「「はぁ……」」
またしても、照ノとクリスは溜め息をついた。
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