魔術とは……07
「ところでー」
「はい。なんでしょう?」
湯で顔を洗いながら、アリスの問いに返すクリス。
「クリスさんは照ノ様の事が好きなんですよねー?」
ブハァ。
クリスの顔に浸された湯が、弾けて散った。
当然クリスの動揺の吐息によるものだ。
「な、な、ななななな!」
顔を真っ赤にしてクリスは「な」を連呼する。
「何を言っているんです! アリスは!」
「あれー? 違いましたー?」
「全然違います! 見当はずれもいいところです」
「でもクリスさん顔真っ赤ですよー」
「これは……お風呂にあてられただけです!」
「嘘ー。まだ湯船に浸かってそんなに経ってないですよー」
「私はあてられたんです!」
「そんなに隠すことですかねー。アリスから見れば照ノ様は十分魅力的な人だと思いますけどー」
「アリス!」
アリスの名を一喝してクリスがアリスの両肩を押さえつける。
「あなたは重大な勘違いをしています」
「はー。勘違いー?」
「あの男は主の御心を否定する悪魔です。ダーウィンと同列の最底辺な猿です。魔術という外法を扱う異端者です。同じ大地で息をするのもおこがましい醜悪です」
「それは使徒としての視点から見れば、ですよねー。一人の人間として照ノ様を見たらどうですー?」
「そ、それは……」
思いもせず口ごもるクリス。
「口ごもるってことはクリスさんも照ノ様の事を憎からず思っているんですねー」
「違います! 私は……!」
「私はー?」
「私は……」
そこまで口ごもってから、クリスは、
「私は主にその身を捧げた者です。人並みの恋愛など既に捨てています」
そう言った。
「ということは本当は照ノ様が好きだけど職務上そういうわけにもいかないとー? 残念な話ですー」
「誰がそんなこと言いました! もとよりあんな奴を好きになるなんてありえません! ええ、ありえませんとも!」
「ツンデレ、ですねー」
「誰がツンデレですか誰が! 撤回してくださいアリス!」
「あんまり素直にならないようだとアリスが照ノ様をとっちゃいますよー?」
「それは駄目です!」
そう言ってから、それから自分が何を言ったのかを再確認し、カァーッとさらに紅潮するクリス。
アリスはクスクスと笑う。
「はいー。決定的な言質を聞きましたー」
「ちちち違います! いい今のはまだ未成熟なアリスが異教の猿の毒牙にかかってはいけないという意味でして……!」
「と、いうことらしいですよー、照ノ様ー」
ツイと視線を風呂場の扉の方を見やるアリス。
その視線につられてクリスもまた風呂場の扉に目をやった。
磨りガラスの扉の向こうにうずくまっている紅色の像があった。
言うまでもない。
天常照ノだ。
磨りガラスの扉に聞き耳をたてている彼がいた。
「……っ!」
口元をひきつかせ、クリスは右手に一本の仮想聖釘を生み出す。
そしてその釘を本気で投擲した。
仮想聖釘が風呂場の扉の磨りガラスをぶち破り、照ノ目掛けて襲い掛かる。
その釘をヒョイといつものように避ける照ノ。
それから照ノは言った。
「何しやす!」
「何をする? それはこっちのセリフです! あなたは何をしているんです!」
「クリス嬢がツンデリウム分子によって構成されているかそうじゃないかの分水嶺を見極めるために覗き見ならぬ覗き聞きをしてやした」
「堂々と言うことですか! それからツンデリウムって何ですか!」
「ツンデレを構成する原子でやんす。この比重が大きいほどに乙女はツンデレになるとサイエンスでも言ってやした」
「死ね!」
そう言ってもう一本仮想聖釘を具現化して投げるクリス。
風呂場のガラス戸にもう一つ穴が開く。
その穴から覗く照ノ。
「そんなに見てほしいんでやすか?」
「……っ!」
照ノの視線を真っ直ぐ受けて顔を真っ赤にするとクリスは風呂にザブンと浸かった。
「見ないでください! この変態!」
「そうは言いやしてもこの穴をあけたのはクリス嬢でやんしょ?」
「だからと言って覗く理由になりますか!」
「まぁ起伏の残念なツンデリア王国栄誉国民の裸を見ても……でやんす……」
そう言って照ノは興味無さ気に立ち上がった。
「殺す!」
殺意を溢れさせてそう言うクリスの横で、
「じゃあアリスはあがりますねー」
アリスがテトテトと湯船からあがって磨りガラスの扉を開けて、
「照ノ様ー、体を拭いてもらってもいいですかー?」
脱衣所にいた照ノにそう言った。
「喜んで、でやんす」
そう答えて照ノはバスタオルを取るとアリスの白いロングヘアーから水気を丁寧に拭いさっていく。
「駄目ですよアリス……! そんな変態野郎に裸を見せるなんて!」
「と、クリスさんは言ってますがどうでしょうー?」
「揺り籠から墓場まで。小生のスローガンでやんす」
「ただの変態じゃないですか!」
「嘘に決まってるでやしょう? 小生にも選り好みする権利くらいありやす」
「あの……割と本気で殺しますよ?」
殺気もなく、ただただ心からの言葉を……紡ぐようにクリス。
「勘弁でやんす」
アリスの体を拭きながら、照ノ。
体を全て拭き終えて、彼はアリスに下着と水玉のパジャマを着せる。
「別に裸でもいいですのにー……。エデンの園にいたころの人間は常時裸だったというじゃないですかー」
「ここはエデンの園に相応の土地やもしれやせんが同時に経済立国日本でもありやす。裸だろうとイチジクの葉だろうと問題になりやすんで。それに裸でいると警察に引っ張られていきやすよ?」
「それはアリスがー? それとも照ノ様がー?」
「……どっちもでやんす」
正直に照ノは答えた。
「ところでー」
「あいあいアリス嬢、なんでやしょ?」
「クリスさんが照ノ様の事を自由に呼んでいいと言ってましたが本当にいいでしょうかー?」
「いいでやんすよ」
「では何か呼んでもらいたい敬称などありますでしょうかー?」
「では、お兄ちゃんと……」
「お兄ちゃん……うん、いいねー。お兄ちゃんー!」
お兄ちゃんを連呼しながら、アリスは照ノに抱きついた。
照ノは、といえば……お兄ちゃんと呼ばれる度にフラフラとよろけた。
「どうしたのお兄ちゃんー?」
「いやぁ……これは……グッとくるものがありやすなぁ」
お兄ちゃんと呼ばれて拳をグッと握る照ノ目掛けて、磨りガラスの扉をぶち抜いて三本目の仮想聖釘が飛んでくる。
余裕を持ってヒョイと避ける照ノ。
「クリス嬢……あまり扉に覗き穴を作らないでくれやんせ。小生が入るときに恥ずかしいでやんす」
「誰があなたの裸なんかを覗きますか!」
「それにしたって器物破損でやんす。しっかり教会に請求しておきやすのでご覚悟のほどを」
「それであなたを殺せるのなら願ってもない代償です……!」
「やれやれ……ここにいるとクリス嬢を興奮させるだけでやんすな。アリス嬢、部屋に戻りやしょうか。アイスを冷やしてありやすよ」
「はーいー、お兄ちゃんー。アイス、アイス!」
そう言ってアリスは照ノに連れられて居間へと戻っていった。
「くー! あのバカはあのバカはあのバカは!」
クリスは沸き起こる憤怒とも嫉妬ともつかぬ激情に身を任せながら湯船の水面を叩いた。
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