魔術とは……06
「魔術には大きく分けて二通りありやす。すなわち第一義魔術と第二義魔術でやんす。第一義魔術は意味に干渉する魔術。第二義魔術は現象に干渉する魔術。一般的に魔術と呼ばれる現象の九分九厘は第二義魔術に当てはまりやす。意味を持って現象を起こすのが二次変換でありやすれば第一義魔術は現象ではなく意味に干渉するので正確には魔術とは言えやせん。しかし人類史の中でも一握りの魔術師はこの第一義に到達していやす。これらの魔術師は例外なく魔術史に名を遺していやす」
「第一義って仏教で《究極の真理》って意味がありましたよねー。照ノ様は第一義魔術を使えますかー?」
「限定的ではありやすが使えやすよ」
「ふへー、じゃあ照ノ様はすごい魔術師なんですねー」
「はっはっは」
照ノは「有頂天外」と書かれた扇子ををパンと小気味よい音とともに広げて、ひらひらと扇ぐ。
ここはシスターマリアの教会の隣に建てられたぼろいアパートの二階の一号室。
屋内には照ノとアリスの二人だけ。
クリスは現在隣の教会で自身とアリスのための着替えを準備中である。
「ところで照ノ様ー?」
「なんでやんしょ?」
「……なんで照ノ様は名を偽っているのですー?」
天常照ノは、何気なく聞いたのであろうアリスのその言葉に、
「っ!」
過剰に反応した。
隣に座っているアリスを押し倒してアリスの細い首をいつでも握りつぶせるように掴んだ。
「どこで小生の真名を知りやした……!」
その目には驚愕と殺気に彩られていた。
ともすればアリスを殺す、そうであってもおかしくない害意が照ノから溢れ出る。
先ほどの雰囲気から一転、今この場を支配するのは緊張感だ。
「ぐ……」
とアリスは苦しみの呻きをあげて、こう答えた。
「アリスは万物の真名を知っているんですー。そういう風に作られましたからー」
「万物の真名を……?」
「はいー。万物万人の名前を知る特殊能力を持ってるんですー。それで照ノ様の真名を知ったというだけですー。ご不興を被られたのなら申し訳ありませんー」
「ちなみに小生の真名を言ってみやせ……」
「天津照神……または天津甕星ですねー……」
「驚きやした。そこまで知られていやんすか」
「この名を知りはすれどもアリスはその意味まではわかりかねますー」
「なに、ただ日本最古のテロリストというだけのことでやんす」
自嘲気味にそう笑う照ノがアリスの首から手を離そうとしたところで、
「あーっ!」
そんな金切り声が響いた。
照ノが振り向くと、玄関には教会から持ってきたのだろう自身とアリスの着替えを持ったクリスが照ノを指差して驚愕の表情をしていた。
心なしか照ノを指している指が震えている。
クリスの顔は真っ赤になっていた。
次の瞬間、クリスは指差した手で空を握ると指と指の間に四本の仮想聖釘を具現化した。
同時に照ノは紅の羽織をひるがえしてアリスから飛び退く。
間一髪、照ノはクリスの投げた仮想聖釘を躱した。
「なにしやす!」
そう抗議する照ノに、
「わ、私の目のないところでアリスをおおお押し倒すなんて……!」
早とちりからそんなことを言うクリス。
「誤解でやんす! 小生そんなことしやしやせん!」
「問答無用!」
そう言って仮想聖釘を具現化して照ノに向かって投擲しようとして、クリスはその手を止めた。
何故なら、照ノを庇うようにアリスが立ちふさがったからだ。
「アリスどいて! そいつ殺せない!」
「どきませんクリス様ー。何故ならアリスは別に押し倒されたわけではありませんからー」
「……そうなんですか?」
殺気をしぼませて確認を取るようにそう言うクリス。
アリスはしかと頷く。
「アリスが少し照ノ様の機嫌を損ねたので少しだけ乱暴されただけですー」
「ら、乱暴……」
「そっちの意味での乱暴ではありませんー。少し制裁されただけですー」
クリスはギロリと照ノを睨みつけ、問う。
「アリスの言うこと……本当でしょうね?」
「間違いありやせん。小生としても看過できないことでやしたので少し暴力的な気分になってしまっただけでやんす」
照ノは「有頂天外」と書かれた扇子ををパンと小気味よい音とともに閉じて、懐に隠す。
「そう。それなら文句はありませんが……」
そう言って握った仮想聖釘をバラバラと床に落とすクリス。
と、同時に、
「――お風呂が沸きました。お風呂が沸きました――」
という音声案内が照ノの部屋中に響いた。
「「「…………」」」
三者三様押し黙る。
それから照ノが言った。
「風呂が沸いたようでやんす。クリス嬢にアリス嬢……入ってきたらどうでやんす」
「「…………」」
否定の言葉など出ようはずもなかった。
*
「うきゃー……!」
アリスはシャワーを浴びながらそんな奇声を発した。
「まだ冷たかったですか?」
問うクリスに、
「いいえー、あったかいですー」
シャワーを浴びながらそう言うアリス。
教会の隣のぼろいアパート、その照ノの城の屋内……その中の浴場にアリスとクリスはいた。
当然裸だ。
アリスは幼女らしく起伏のない体つきだったが、クリスもまた年齢に見合わない起伏の少なさだった。
それはクリスにとってコンプレックスだったが現時点では関係ない。
「では髪を洗いますよ」
そう言うクリスに、
「はいー、お願いしますー」
そう返すアリス。
クリスはシャンプーを取って手の平で広げると、それをアリスの白いロングヘアーにべったりと塗りつけた。
ワシャワシャとアリスの髪を洗うクリス。
目にシャンプーが入らないように目を閉じているアリスが言う。
「シャンプーなんて久しぶりですー。ああー、気持ちいいですねー」
「シャンプーが久しぶりって……」
「アリスー、ホテルも使えない零細だったものでー。こうやってゆっくりお風呂に入るのなんて久しぶりですー」
「……そうですか」
クリスはそれ以上何も言わずにワシャワシャとアリスの髪を洗う。
アリスの毛根を念入りに洗って、それからシャワーでシャンプーを洗い流すクリス。
「わきゃー」
そんな奇声を発するアリスを無視して、アリスの頭上にシャワーを当てるクリス。
そうやってアリスの髪を洗い流すと、今度はボディソープをブラシにつけてアリスの体を洗い出すクリス。
「くすぐったいですクリス様ー」
「我慢なさいアリス。それからアリス……」
「はいー。なんでしょうー?」
「私や照ノを呼ぶとき様付けはいりませんよ。呼び捨てて一向に構いません」
「ではクリスさんでー」
「はい」
ワシャワシャとブラシでアリスの体をこすりながらクリスは頷く。
「けれども照ノ様はそれを許すでしょうかー?」
「許すも何も快諾するはずですよ」
言いながらクリスはアリスの体を洗い終わるとシャワーでボディソープを洗い落としていく。
全てを洗い終わるとクリスはアリスに入浴を勧めた。
肯定して入浴するアリス。
「はふー。極楽極楽ですー」
クリスも金色の短髪と白磁器のように白い体を洗って入浴する。
ボロアパートの浴場ということもあって風呂はそんなに大きくない。
必然、アリスとクリスは向かい合うように浸かって、足を交差する羽目になる。
ザバァッと湯が湯船から溢れる。
「はふぅ……」
クリスが吐息をつく。
「気持ちいいですねー」
「……そうですね」
のんべんだらりと脱力するアリスに、クリスも苦笑しながら同意する。
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