魔術とは……05
「あらあら楽しそうね」
シスターマリアがティーセットを持って、キッチンからダイニングに戻ってきた。
四つのティーカップに紅茶を注いで、照ノたちに配る。
ドタバタと暴れていたクリスと照ノも、シスターマリアの笑顔の圧力の前に敗北し、すごすごと席に座る。
照ノはくわえていたキセルの灰を灰皿に落とすと、テーブルに置いて、食後の茶を楽しむ。
「「「「…………」」」」
しばし無言で茶を飲む一同。
それから照ノが口を開いた。
「テイク2といきやしょう。ときにアリス嬢……」
「はいー? なんでしょう照ノ様ー」
「なにゆえ嬢は裸で小生の部屋にいたんでやんしょ?」
そう聞く照ノに、クリスがハッとする。
どうやらアリスの素性についてのことをすっかり忘れていたらしい。
「服を着る意義を見出せなかったためですよー」
「いや、何故裸だったのかはこの際置いといて。なにゆえ小生の部屋にいたんでやんしょ?」
「鍵の開いている部屋がそこしかなかったものでー」
「しかし小生の部屋には人避けの魔術をかけてありやんす。それはどう突破しやした?」
「人避けの魔術……?」
「ええと……具体的に言うと小生の部屋の存在解像度がすごく低い状況にあって、意図的に他人の意識が小生の部屋を認識できないよう細工を施してあるのでやんすが……」
そう説明する照ノに、クリスが続く。
「おかげでこいつの通信販売は私達のこの教会を通して間接的に行われているんですよ。何せ販売員が照ノの部屋に気付けませんからね。一回なんてアダルトコミックをこっちで受け渡しさせられて殺そうかと思いました」
「ああ、あれはツンデレコマンダーに対する純粋な嫌がらせでやんす。他意はありやせん」
「他意だらけじゃないですか! それと誰がツンデレコマンダーですか!」
そう言って仮想聖釘を具現化すると、クリスは照ノ目掛けて仮想聖釘を投げた。
ヒョイヒョイと避ける照ノ。
それから言う。
「で? どうやって小生の部屋を認識しやした?」
「えーっとねー。特別何かしたってことはないですよー?」
「それは不可思議でやんすねぇ」
「その人避けの魔術っていうのは人間にしか適応できないのでしょうかー?」
「まぁそうでやんすが……」
「ならアリスには適応されませんよー」
「……なにゆえ?」
「アリスー、ゴーレムなんですー」
清々しく言い切るアリスだった。
「「「…………」」」
照ノにクリスにシスターマリアが同時に黙って、
「「「は?」」」
そう疑問を発した。
「ゴーレムですって?」
そんなクリスの確認に、
「はいー」
やはり清々しく言い切るアリス。
アリスの隣に座っている照ノが、アリスの頬をつまむ。
アリスの頬はプニプニだった。
「なにするんですかー。照ノ様ー」
「いや、少し確認を……。本当にゴーレムでやんすか?」
「はいー。ゴーレムなら人避けの魔術は適応されないでしょー? 逆説的にアリスの存在が証明されますー」
「そもアリス嬢……ゴーレムの定義を知っていやすか?」
「ユダヤの秘術にある土で作られた人造人間のことですよねー」
「そうでやすが……どう見ても嬢は人間にしか見えやしませんが」
「フレッシュゴーレムって線はありませんか?」
そう推理するクリスに、
「そうなら死体特有の腐臭がするはずでやんす。それにフレッシュゴーレムでもこうまで人間に近づけることはできやせん。命令もなくここまで器用に動くことなどできないでやんす」
照ノが一蹴する。
「疑ってるんですかー?」
「疑わない方がどうかしてやす。ここまで人間に近いゴーレムなんて……仮にそれが本当なら学会発表ものでやんす。世界中の魔術師達が目をむくでやんすよ」
「つまり照ノ様はアリスが人間だと思っているのですねー」
「まぁありていに言えば……」
「不服ですー」
プンスカと怒るアリス。
照ノは紅茶を一口飲んで、それから続ける。
「それで……仮に嬢がゴーレムだとして、何故小生の部屋にいたでやんす? 普通なら製作者である魔術師の傍にいるはずでは?」
「ええとですねー。アリスを作ったお父様がアリスを使ってよからぬことを企んでいたそうでー。それを察知したお父様の部下の一人がアリスを逃がしてくれたんですよー」
「「「…………」」」
「その人が言ってくれましたー。アリスは特別だってー。アリスは格別だってー。だから生きろ、とそう言ってくれましたー」
「その人は……」
「殺されましたー。それもアリスの目の前でー。それからのことはよく覚えていませんー。アリスはがむしゃらに死体になったその人の傍から走って逃げましたー」
重大なことをサラリと言うアリスに、
「「「…………」」」
照ノ達は言葉もなかった。
そんな残酷な現実を涼しげな抑揚で言うアリスを、クリスが席を立って抱きしめた。
「辛かったね……」
泣きそうな声でそう言いながらアリスを抱きしめ続けるクリス。
「辛いー? これは辛いってことなのでしょうかー?」
「そうです。辛いってことなんです。もしそれを辛いと思われないならそれは悲しいことなんです」
「はあー……そうですかー」
あまり納得してないようにそう言いながら抱きしめられ続けるアリス。
紅茶を一口飲んで、照ノが続ける。
「で、そのお父様とやらは何者でやんすか?」
「さあー? アリスはお父様としか認識していませんー」
「……まぁいいやな。それで、なにゆえ日本くんだりまで来やした?」
「アリスー、怪しい組織に狙われていましてー」
「「「…………」」」
また無言になる照ノにクリスにシスターマリア。
照ノが眉間をつまみながら言う。
「怪しい組織というと犯罪組織でやんすか?」
「に、なるんでしょうかねー? とまれ相手が複数人でこちらを捕えようとするような動きを見せているんですよー」
「突飛な話になってきやしたなぁ……もしかしてそれは嬢の言うお父様の組織じゃあないでやんすか?」
「かもしれませんねー。違うかもしれませんけどー」
これまたあっさりと言うアリス。
「それで、質問にはまだ答えてもらってはいやせんが?」
「ああー、何故日本くんだりまで来たかって質問でしたねー。ええとー、神のご加護を賜るためにエデンの園に行こうと思いましてー」
「……なにゆえエデンの園が日本になるんでやんすか?」
「えー? だって地図に書いてありましたよー?」
「どんな地図ですか?」
クリスが聞く。
シスターマリアに紙とペンを用意してもらうとアリスは紙に世界地図を描いた。
それは正円を書いて、縦に二分割するように横線を入れて、正円の中心から真下に向かって横線から垂直になるように縦線を入れた地図だった。
円の内部……その上方にはアジアと、右下にはアフリカ、左下にはヨーロッパと書かれた。
それから正円の外部の上方にエデンの園と書いて地図は完成をみた。
「……TO図」
アリス以外の人間が誰ともなしにそう呟く。
そう。
アリスの書いたその地図は間違いなくTO図だった。
「この地図によれば極東のー……日の上る方角にエデンの園はあるんでしょー? そしてこの国の名は日の本の国ー。バッチリエデンの園の定義を備えてますよねー?」
「まぁ……反論の余地はありやせんが……」
ふぅむと頷く照ノ。
いつの間にかアリスを抱きしめることを止めていたクリスが「いやいや」と否定的に手を振る。
「こんな荒んだ信仰心の欠片もない国がエデンの園? ありえませんよ」
そう言うクリスに、照ノは紅茶を一口飲んでから反論する。
「いや、アリス嬢の言い分にも一理ありやす。極東のエデン。たしかにそういう解釈もありえやす」
「しかし……!」
「クリス嬢の言い分もわかりやす。しかしそれ以上にアリス嬢の言い分にも理解がありやす」
「っ!」
反論できないのか言葉を失うクリス。
代わりとばかりにシスターマリアが問う。
「それで? アリスちゃんはお父様から逃げて、この日本に来て……そこから先に何か想定しているの?」
「いやー、それがさっぱりー……」
後頭部を掻いて「あははー」と笑うアリス。
「とりあえず隠れる場所を探している内に照ノ様のお城に潜り込んでいた次第でー」
「まぁ人避けの結界を張っている分……他の場所より隠れる潜むに適した場所ではありやんすが……」
「できれば警察などに突き出さないでくれると嬉しいのですけどー……」
どこか怯えたようにそう言うアリスに、シスターマリアが安心させるように朗らかに笑ってこう言った。
「大丈夫よ。家もなく追われてる身なら私達教会が保護します」
「マリア様、申し出はありがたいのですがこんな厄介者を抱え込んだらどうなるかわかりませんよー」
「それは大丈夫です。こちらには魔術師殺しのエキスパート……威力使徒たるクリスちゃんがいるし、それに当分は見つからないはずよ」
「その根拠はー?」
「人避けの結界を張っている照ノちゃんの部屋に泊まることになるからよ」
「「ブッ……!」」
照ノとクリスが同時に紅茶を噴いた。
「なにゆえそこで小生の名前が出てきやす!」
「そうですよマリア! こんな男の部屋に純真無垢なアリスを泊めたらどんな目に合うか!」
「あら照ノちゃん……他の場所より隠れる潜むに適した場所だと言ったのは照ノちゃんじゃない。それにクリスちゃん……アリスちゃんが心配ならクリスちゃんも一緒に泊まればいいじゃない」
「「…………」」
ジト目でシスターマリアを睨む照ノとクリスの視線をものともせず、シスターマリアはぶりっ子ポーズをすると、
「お・ね・が・い」
そう言った。
反論は出なかった。
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