魔術とは……04


「この通り、火を知っている小生はそのクオリアによって認識している情報たる火を何の脈絡もなく発生させうることができやんす。先ほどのケーキに例えるのならば……ケーキを理解した魔術師がいるのなら、その魔術師はなんの脈絡もなくケーキを発生させることができやんす」


「な、なるほどー……」


 そこまで呟いてから、アリスは、ふと気づいたように目を見開き、確認するように照ノに問う。


「じゃあケーキのことを知っている照ノは二次変換でケーキを作れるのー?」


「無理でやんす」


「なんでー? 知ってることならポンポン二次変換できるんじゃないのー?」


「そう思うのが素人の赤坂見附。実際の二次変換にはあらゆる魔術的制限が付きやす」


「制限ー?」


「そう。制限でやんす。小生が先ほど見せた火を二次変換するのは魔術の基礎の基礎。漠然と情報から現象に変換しているだけでやんす。さらに高度な魔術を使おうと思ったらまず大きく二つの制限が最低でも付きまといやす」


「二つのー……制限ー……」


「一つ目は現覚の制限でやんす」


現覚げんかくー?」


「そう。トランス状態というモノを、アリス嬢はご存知でやすか?」


「ううんー、知らないー」


「変性意識状態の一種で強い暗示にかかった状態の事を言いやして、二次変換にはトランス状態になって変換したい現象を幻覚に見るくらいの現覚げんかくを覚えなければなりやせん。つまり自分のイメージを実際のものだと誤認するほどの強烈なイメージを必要とするんでやんす」


「つまり何かー? さっき照ノ様は手から出るはずのない炎を……《手から炎が出るのが当然だ》と病的なまでの認識をしたことで成しえたってことー?」


「そうでやんす。二次変換を獲得するには精神に異常をきたさねばなりやせん。つまり魔術師とは幻覚や妄想のすぎる精神疾患の患者なんでやすよ」


 そう言ってフーッと紫煙を吐く照ノ。


 アリスが催促する。


「もう一つの制限はー?」


「パワーイメージの……モードの制限でやんす」


「?」


 言葉もなく首を傾げるアリスに、照ノはしばし考え込んでそれから言葉を紡ぐ。


「二次変換は机上の理論上、情報を無制限に現象に変換できやすが……実際のところは《力ある想像》……パワーイメージを必要とするでやんす。そしてこのパワーイメージの派閥をモードと呼ぶでやんす。このモードには色々とありやしてね……。古典魔術、新古典魔術、近代魔術、現代魔術……もう少し詳しく言えば魔女術、ケルト魔術、錬金術、カバラ学、陰陽術、巫術、その他の伝承や神話、オカルトのイメージを基軸として魔術……二次変換は成り立つのでやんす」


「ええっとー……つまり照ノ様は陰陽術をー、クリス様は一神教をー、パワーイメージとして持っているというわけでしょうかー?」


「そうでやんす。それで最初のアリス嬢の質問に戻るでやんすが、クリス嬢の具現化した釘は二次変換……魔術によって創られた釘でやんす」


「だから私達威力使徒が主より賜った奇跡を魔術なんぞと同列に置くなと何度言えば……!」


 殺意の波動を膨らませながら、煉獄の底からにじみ出るような声で、そう述べるクリス。


 照ノは、これをあっさりとスルー。


「聖釘とは本来、第一聖人が磔にされた際に手足に打ちつけられた釘のことを指しやすが、これだけのイメージではマジックアイテム足りえやせん。そこで《聖釘には魔を打ち砕く力があるはずだ》と思い込み、実際その通りの効果を持った聖釘にして聖釘ではない……仮想聖釘を二次変換によって生み出しているのでやんす」


「なるほどー」


 深々と頷くアリスに、クリスが言う。


「騙されないでくださいアリス! 私達神威装置の威力使徒は、魔術ではなく奇跡によって現象を起こしているんです!」


「神威装置ー? 威力使徒ー?」


「教会協会神威布教広報特務組織所属異教殲滅本義会設武装士団、通称……《神威装置》。それはキリスト教の派閥の壁を越えて互いに支援し合う《教会協会》という特異な組織に所属する神威を布教し異教を殲滅することを本義とする暴力装置です。そしてこの神威装置に所属する使徒を《威力使徒》と呼称し、私達は派閥を越えた一神教全体の意思を汲み取って主の怨敵をうち滅ぼすのです。私ことクリス……クリスティナ=アン=カイザーガットマンもまた威力使徒ですよ」


「つまりー……旧教も、新教も、正教会も、東方諸教会も、その他諸々の派閥も無視してー……一神教全体に敵対する魔術師や幻想生物を殲滅する組織が神威装置で、その所属員が威力使徒ってことー?」


「そういうことです」


「でー、その能力は二次変換によるものではなく神より賜った奇跡によるものだとー……」


「その通りです」


「どう思います照ノ様ー?」


「なに。神の奇跡とやらが魔術の範疇内か否か……そんなことは簡単に証明できやすよ」


「どうやってー?」


 問うアリスに、照ノは自身が避けたことで自身の後方の壁に刺さった仮想聖釘を二、三本抜いて手に持つと、こう言った。


「クリス嬢。その来ている加護の装束は神の奇跡による加護を受けていやすよね?」


「その通りです」


「魔術には高い抵抗や防御を示し、着用者に莫大な超身体能力を授ける……」


「その通りです」


「ではその加護の装束は魔術ではない、と」


「その通りです」


「なれば……これから小生が魔術的防御を貫いて刺さる仮想聖釘を投げやすが、加護の装束にかかっている神の奇跡が魔術ではない以上、仮想聖釘は通用しないはずでやんすね?」


「っ!」


 ここで、クリスが顔をこわばらせた。


「なるほどー。確かにその通りですねー」


 感心したように頷くアリス。


 照ノは仮想聖釘を構えると、


「ではいきやすぜ。せーの、ホイ!」


 と仮想聖釘を投擲した。


「っ!」


 恐怖からか目をつぶって耐えようとするクリス。


 しかして、


「………………………………え?」


 照ノの投げた仮想聖釘は一本たりともクリスに刺さらなかった。


 全て軌道が逸れてクリスの後方の壁に突き刺さる。


「なんのつもりですか……」


 きまり悪そうにクリス。


 照ノはフーッと紫煙を吐いて、


「理屈攻めで女の子を虐めるのは小生の好むところではありやせん。たとえ神の奇跡が魔術であろうと、魔術でないと主張する権利くらいは神威装置にもあるでやんしょ」


 そう言ってニヤリと笑った。


「男前です照ノ様ー! キャー! 惚れるですー!」


 アリスが何度も万歳しながらそう言った。


 照ノは「万事解決」と書かれた扇子をパンと小気味よい音とともに開いて、「はっはっはっは」と高笑い。


 プライドに触ったか、そんな照ノ目掛けて仮想聖釘を投げるクリス。


 スルリスルリと避ける照ノ。

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