魔術とは……03


「はい、お粗末様でした」


「さすがの味でやんした。さすがにマリア殿は料理が達者でいやすなぁ。つくづく縁があって良かったと思いやす」


「褒めても何も出ないわよ?」


「いえいえ、こうやって別の女性にアプローチしてクリス嬢を嫉妬させる作戦でやんす」


「誰が! あなたに! 嫉妬なんかしますか!」


 顔を真っ赤にして仮想聖釘を具現化、それを投げつけるクリス。


 照ノは閉じた扇子で仮想聖釘を真横に打ち払い、「浅学菲才」と書かれた扇子をパンと小気味よい音とともに広げて、口元を隠すと、


「そんなに顔を赤くして照れなくとも……」


 そんなことを言ってクスクスと笑った。


 クリスの怒気が溢れる。


「殺す!」


「駄目よクリスちゃん。相手は迷える子羊よ?」


 シスターマリアがクリスをいさめる。


 しかしクリスは止まらなかった。


「同時に異教徒……それも許しがたい存在である魔術師です!」


「小生、陰陽術師でやんすよ~」


「私達神威装置にしてみれば陰陽師も修験者も巫覡も皆不遜なる愚者の集団です! だいたい照ノ! あなたは陰陽師を自称する割に木火土金水もっかどごんすいの内の火気しか扱えないじゃないですか! 何が陰陽師です!」


「でやすから陰陽師とは言ってやせん。陰陽術師と自称してやす」


「どっちにしろ私の敵ですね!」


「こぉらぁ。駄目よクリスちゃん」


 シスターマリアがクリスの両頬をつまんでいさめる。


「ひ、ひはひ……」


 頬をつままれたまま「し、しかし……」と呟くクリスに、


「殺めず。奪わず。謀らず。それが慈悲の心よ」


 そう言ってニコリと笑うシスターマリア。


「はひ……」


 有無を言わせぬシスターマリアの笑顔に、殺気をしぼませてストンと席につくクリス。


「十字軍がどれだけ殺めて奪って謀ったか……少しは省みれば恥じ入るようなもんでやしょうがねぇ……」


 「浅学菲才」と書かれた扇子をパンと小気味よい音とともに閉じて懐にしまうと、今度はキセルをくわえて火皿に煙草を詰めて指先に魔術の火をともし、煙草に火をつけて煙を吸いはじめる照ノ。


「ですからそんな失態を侵さないために今の一神教があるんです。宗教の自由は止められません。特にこの日本ではね。ですから我々は今後は誠意をもって布教することにしているんです」


「御高説ありがとうございやす」


 そう言ってフーッと紫煙を吐く照ノ。


 その隣でアリスが口いっぱいに付いたシチューをティッシュで拭いてから、


「御馳走様でした。アーゲー」


 そう言って一拍して、それから十字を切った。


「はいお粗末様でした」


 ニコリと笑うと、シスターマリアは全員の分の皿を重ねて、キッチンへと運んでいく。


 照ノが煙をスーッと吸ってフーッと吐く。


 全員が夕食を終えて、それから照ノは困惑した。


「ええと……それでアリス嬢、どこまで話しやしたっけ?」


「照ノ様が三次変換について説明しようとしたところですよー」


「ああ、ケーキに例えようとしたところでやんすね。どこかの直情径行が話の腰をおったせいで忘れてたでやんす」


「誰のせいです誰の……!」


 ギラリとした瞳で照ノを睨みつけるクリス。


 照ノは平然とスルーする。


「ではまずケーキを作る過程を確認しやしょうか」


「アリスー、ケーキの作り方なんて知らないんですけどー?」


「では小生が。単純なケーキを作るだけなら卵に薄力粉に砂糖に生クリームがあれば十分でやんす」


「ほうほうー」


「それらをミックスしてオーブンでチン。生クリームで包んでケーキの出来上がりでやんす」


「はあー……それでー?」


「それで、とは?」


「だからその行為がどう三次変換に関わるのかなーとー……」


「ありていに言えば先ほどの言葉にした行為が三次変換でやんす」


「えー? でも普通にケーキを作っただけですよー?」


「そうでやんす。つまり熱力学第一法則に逆らわず普通にものを作る。これが三次変換でやんす」


「普通にー?」


「ええ、普通に」


 フーッと紫煙を吐く照ノ。


「要するに……現象から現象を生み出すのが三次変換でやんす。水素を燃やして水を作る。鉄を溶かして剣を作る。モーターを回して電気を作る。速度を増して質量を作る。これらの当たり前の変換が……つまりは三次変換というわけでやんす」


 そう言って煙を吸う照ノに調子を合わせてクリスが言う。


「何かの現象を起こそうとすればその代償に見合った現象が必要となる。つまり熱力学第一法則の範囲内の変換を三次変換と呼んでいるのです」


「ちなみに一次変換なら、何もないところからケーキを生み出し出来上がりって寸法でやんす」


「なるほどー」


 感心したように頷くアリス。


 照ノが紫煙を吐いて続ける。


「そして魔術……つまるところ二次変換……これが曲者でしてね」


「二次変換ー……」


「二次変換の定義は覚えてやすか?」


「覚えてないー」


「ではおさらいしやしょう。一次変換の定義は?」


「虚無から現象を生み出すことー」


「三次変換の定義は?」


「現象から現象を生み出すことー」


「そして二次変換は意味から現象を生み出すことでやんす」


「意味ー?」


「そう。意味でやんす。情報と言えばまだしもわかりやすいでやんすか?」


「情報ー……」


「そう。情報でやんす。情報から現象を生み出す技術が二次変換……つまるところ魔術と呼ばれる現象でやんす」


「やっと魔術の説明に入ったねー」


 そう言うアリスに、照ノは煙を吐いてニヤリと笑う。


「長い道のりでやんした」


「それでー? 情報から現象を生み出すってどういうことー?」


「ではまたケーキを例えに出しやしょうか」


「ふんふんー」


「三次変換とは材料をケーキに変換することでやんすね?」


「うんー」


「一次変換とはケーキのケの字も知らない人間が虚無をケーキに変換することでやんすね?」


「うんー」


「二次変換とは《ケーキの存在を知っている人間》がその知識を、情報を、意味をケーキに変換することでやんす」


「うんー? いまいち要領をえないですー」


「つまりクオリアにある情報を、実体を持つまでに高める変換のことでやんす」


「もうちょっと具体的にー……」


「アリス嬢、火というものを知ってやすか?」


「それはまぁー……」


「小生も知っていやす。つまり小生もアリス嬢も火というモノを知ってしまっているためそれを生み出すには二次変換、あるいは三次変換でしか火を手に入れられないんでやんす。何故なら小生らは火というモノを既にして知ってしまっているのでやすから、それを虚無から創りだすことはもうできないんでやんす。そして記憶という形で脳に火の情報を保存しており、クオリアを通して火という情報を理解している。着火のためのエネルギーと燃料があれば三次変換で小生らは火というモノを手に入れることができやす。そして二次変換では……」


 そこまで引っ張って、それから照ノはフーッと紫煙を吐くと、左手を前方に突きだして手の平を上に向けた。


 そして、


「……っ!」


 アリスが驚愕した。


 照ノの左手の平から着火のためのエネルギーも燃料もないのに炎が生まれたからだ。


 茫々と、形も無限に、光り輝く、炎が照ノの手の平から発生した。


 照ノは左手を握って炎を握りつぶす。


 鎮火する炎。

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