魔術とは……02
と、
「あのー……」
アリスが、パンを食べながら、会話に割って入る。
「どうしたの? アリスちゃん」
受け答えたのはシスターマリア。
「先ほどから何度も拝見しましたがー……クリス様のどこからともなく釘を取り出すのは何かの手品ですかー?」
「あ……!」
しまった、という顔をするクリス。
「失態……でやんすなぁ……」
照ノはタンシチューを食べながら述べる。
「ええと……これは……そのう……」
なんと言い訳したものか、と言葉に悩むクリスを差し置いて、
「《魔術》でやんす」
あっさりと照ノが言った。
「魔術ー?」
クネリと首を傾げるアリスの横で、飛んできた仮想聖釘をスプーンで払う照ノ。
当然仮想聖釘を投げたのはクリスだ。
「断じて違います! 私のコレは主より賜った奇跡です! 異教徒どもの魔術と一緒にしないでください」
「そうは言われやしても二次変換は全て魔術として括っているのが現代魔術の結論でやんす。それは三種の聖書教でも例外はありやせん」
「それはそっち側の勝手な都合でしょう! なんでそんなくだらないものに私達の神聖な奇跡を一緒くたにしますか!」
「マリア殿も同意見で?」
「そうねぇ。でもやっぱり異教の魔術や外法とこちらの神の奇跡を一緒にされると困っちゃうわねぇ」
「そうでやんすか。でも魔術には違いありやせんので」
「だからそれは違うと……!」
そう否定しようとするクリスを遮って、
「あのー、つまるところどういうことでしょうー?」
アリスが照ノに質問する。
「ああ、解説がまだでやんしたね。つまりクリス嬢の釘は魔術と呼ばれるオカルトによって生み出された釘なんでやんす。名を仮想聖釘。聖釘の効果とはこうあってほしいと願った信仰者のイメージをもとに生み出された聖釘であって聖釘でないマジックアイテムの一種でやんす」
「うーんー、ちょっとわかんないですねー」
「では基礎の話から始めやしょうか」
そう言って照ノはパンをちぎって口に放り込む。
咀嚼。
嚥下。
そして続ける。
「この世界には《一次変換》、《二次変換》、《三次変換》と呼ばれる現象が存在しやす」
「一次変換ー、二次変換ー、三次変換ー……って何でしょう?」
「へえ、では先に結論を言いやす。一次変換とは《虚無》から現象を生み出す技術でやんす。二次変換とは《意味》から現象を生み出す技術でやんす。三次変換とは《現象》から現象を生み出す技術でやんす」
「うんー? うーんー?」
よくわかっていなさそうに首を傾げるアリスに、
「わかってやすよ」
と笑う照ノ。
「順序良くいきやしょう。まずは一次変換。これは明快でやすね」
「虚無から現象を生み出すー?」
「そうでやんす」
「ええっとー……それってつまりー?」
「文字通り虚無から現象を生み出すことでやんす。もう少しわかりやすく言うのなら《何もない》ところから現象を生み出すことでやんす」
「何もないところからー?」
「へえ、何もないところから、でやんす」
「何でも生み出せるのー? リンゴとかイチジクとかー?」
「金塊でもお城でも生み出せるでやんす」
「すごいねー」
タンシチューを食べながら、目をキラキラと輝かせるアリス。
「ただしこの一次変換は宇宙開闢以来一度しか使われていないというのが魔術師の間での通説でやんす」
「そう簡単に使えないってことー?」
「そういうことでやんすね。なにせ何もないところから質量やら仕事やら時空を創りだすのでやすから、これはもう人間の思考の……クオリアの範疇を超えてしまっていやす。人は何もないところから唐突に物事を生み出すことができないんでやんす。いつだって人間の思考は理論に沿って管理され、知識によって補完されやす。意識外のことをやれるようにはできていないでやんす」
「じゃあどうやって最初にして最後の一度である一次変換は使われたのー?」
「仕組みそのものは依然としてわかりやせん。しかし何時どうやって使われたのかはわかっていやす」
「何時どうやって使われたのー?」
「時は宇宙開闢の時、その意図は宇宙創造に使われやした」
「宇宙開闢の時に宇宙創造に使われたってことはー……ええとー……つまりこの世界は最初にして最後の一回である一次変換によって創られたってことですかー?」
「エレスコレクート! その通りでやんす。虚無だった何もない場所から一次変換によって世界は生まれた。それが魔術師の間での現在の通説でやんす」
「つまりビッグバンがそれに相当するのー?」
「そうは問屋がおろし金。何も世界の誕生が虚無から生まれたとはいえビッグバンが一次変換だと捉えるのは早計でやんすね」
「んー? なんでー? 何もないー……つまり虚無からビッグバンという一次変換が起きて宇宙が創造されたって考えれば説明がつくと思うんだけどー……」
「バートランド=ラッセルの提唱した世界五分前仮説というものをアリス嬢はご存じで?」
「ううんー。知らないー」
「つまるところこの世界は五分前に創られたのではないか、という一種の懐疑的な哲学でやんす」
「そんなわけないですよー。だってアリスには五分より前の過去の記憶がー」
「その記憶ごと用意されてこの世界が創造されたとすればどうでやんしょ?」
「放射性炭素年代測定という証明もー」
「でやんすから、それさえも事前に用意されて世界が創られたとしたらどうでやんす?」
「そんなの証明しようがないですよー」
「でやんすから先に言いやしたでしょう? 世界五分前仮説は懐疑的な哲学にすぎないと。虚無から宇宙が創られたにしても一体宇宙のどの段階で創られたのか、これは議論の余地が大いにありやす」
「はー……壮大な謎ですねー」
照ノは「沈思黙考」と書かれた扇子を、パンと小気味よい音とともに広げて、
「少々話が逸れやしたね。つまりこの宇宙を創った一次変換は虚無から現象を生み出す技術だということはわかってもらえやしたか?」
「はいー。それはもうー」
パンを齧りながら頷くアリス。
照ノは「沈思黙考」と書かれた扇子をパンと小気味よい音とともに閉じて懐にしまうと、食事を再開する。
「では次は三次変換について説明しやしょう」
「二次変換はー?」
「二次変換は最後のトリでやんす。風雲急を告げる。次回、括目して待て、といったところでやんすか」
「はいはいー」
「では三次変換の定義は覚えていやすか?」
「ええっとー……現象から現象を生み出す技術ー……だったっけー?」
「正解でやんす」
「でもー現象から現象を生み出すってどういうことー? あんまり要領を得ないんですけどー……」
「そうでやんすねぇ……。ではケーキで例えやしょう」
「ケーキでー?」
「ケーキで」
そう言って、照ノはタンシチューを食べ終えると、口元をティッシュでふいて、
「御馳走様でした」
そう言って合掌した。
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