6
深浦が昭久のことをまっすぐに見つめる。
厚いレンズの向こうにある深浦の目はとても澄んでいて、静かな湖を思い起こさせるような深浦の深い緑色の瞳に昭久の意識は自然と持っていかれた。
「新田くん」
「深浦」
また二人同時に口を開いた。
だが、今度は昭久から先を譲られることなく深浦が言葉を続ける。
「新田くんは……新田くんも、横山くんと同じように彼女が欲しいと思ってて、それで」
「うん」
確かに、彼女はいないよりもいた方が楽しい。少し前までの昭久はそう思っていた。
だけど今はただ楽しいだけの彼女よりも、一緒にいて胸がドキドキしたり、ちょっとした仕草がとても愛しく思える深浦が側にいてくれたらそれでいい。
「……それで、新田くんはとてもかっこいいし、女の子からも人気があるから彼女もすぐにできると思うし……っ」
そこまで言うと、深浦は言葉を詰まらせ、下唇をきゅっと噛みしめた。
「深浦?」
「…………新田くんに彼女ができたら、今度はその子とこの間みたいにデートをして……手とかも繋いで、帰り際にまたねってキ……キスして……っ」
堪えきれないといった風に深浦は顔を下に向けてしまった。
学食のテーブルにぱたぱたと水滴が落ちる。
「みっ、深浦っ!? どうした? 具合が悪いのかっ? あ、コンタクト! またコンタクトがずれたのかっ?」
突然のことに、昭久が慌ててテーブルに身を乗り出す。
深浦は下を向いたまま、ふるふると頭を振るだけだ。
焦った昭久は深浦が眼鏡をかけていたことも忘れて、コンタクト、コンタクトと言いながら何か拭うものはないかとポケットの中や鞄の中をごそごそと漁った。
「ご……ごめん、ごめん新田くん」
「深浦?」
「僕が、こんなこと……っ、思ったらダ、ダメなのにっ……」
こんな時でも昭久に気を使っているのだろう、深浦はしゃくりあげてしまうのを必死で堪えるようにしている。
昭久はテーブルを回ると、深浦の隣に腰を下ろし、震える肩を抱きよせた。
「にっ、新田く……だっ、だめ」
深浦が涙をいっぱいに溜めた目を見開き、慌てて昭久から離れようとする。
だが、昭久はそれを逃さないと言わんばかりに、ぎゅっと深浦の肩へ回した手に力を入れた。
「新田くん、ここ学校……」
「いいから。誰も見てない。それより、なんで深浦が俺に謝るの。俺、深浦から謝られるようなことされてない」
しゃくりあげる度に震える深浦の背中を、昭久の手のひらがゆっくりと撫でる。
そのまま小さな子供にするように、薄い背中をとんとんと軽く叩いていると、徐々に深浦の呼吸も落ち着いてきた。
「大丈夫か?」
「…………ん」
少し体を離して、俯く深浦の顔を昭久が覗き込む。
「深浦?」
「ごめ……なさい。僕、新田くんが知らない女の子とデートするの……嫌」
「え」
「この間、僕に好きって、でもあれは横山くんから言われたせいで。でもあの日、僕……嬉しくて、あの時も嘘だってわかってたけど、ほんとならいいのにって思っ……」
やっと止まった涙がまた深浦の目に溢れる。
「新田くん、ご、ごめ、なさい。すっ、好きになってごめ、なさい」
「深浦」
やや強い口調で昭久が深浦のことを呼ぶと、深浦の体が大きく震えた。
「あー、もう。なんで言っちゃうかな」
「あ、あの」
「深浦、よく聞いて」
そう言うと、昭久は深浦の肩に手を乗せて目線を合わせた。
怯えたような深浦の目と昭久の目が合う。怯えながらも懸命に昭久のことを見ている深浦がとてもいじらしい。
「深浦。俺は深浦のことが好きです」
昭久は噛んで含めるようにゆっくりと言った。
「…………え」
「だから、横山に言われたからとかじゃなくて、俺はほんとに深浦のことが好き。この間のデートの時に言ったのも俺のほんとの気持ちだから」
「あの、新田くん」
「なに?」
「新田くんも僕も男だよ?」
深浦が首を傾げる。
「……それを深浦が言う? 俺は男とか女とか関係なく深浦のことが好き。わかった? 全く……俺が先に言おうと思ってたのに」
ここまできてやっと事態が飲み込めたのか、それとも実感が湧いたのか、みるみる深浦の顔が赤くなった。
「眼鏡、外してもいい?」
こくこくと頷く深浦から昭久がそっと眼鏡を外す。
「俺の顔、見える?」
「う、ぼ……ぼんやり」
「よかった。俺、今すごい恥ずかしい顔してるから」
昭久の顔がゆっくりと深浦へ近づく。
思わず目を閉じた深浦の、今度は額ではなく唇に笑った形の昭久の唇が触れた。
おしまい
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