(深浦……!)


 余計なことをぺろりと喋ってしまった横山を問い質すことよりも、まず深浦の誤解を解くのが先だ。

 昭久は慌てて深浦の方へ目を向けた。だが深浦は全くの無表情で、一体何を考えているのかわからない。


「あの、深浦?」


 どう話せばいいのか整理がつかないまま昭久は深浦へ話しかけた。


 横山が話したことは誤解だ。あのときの深浦への告白は、嘘偽りのない昭久の本当の気持ちだ。信じてほしい。

 頭の中には言うべき言葉がいくらでもあるのに、いざ深浦を前にするとそれが口から出てこない。


「深浦……あの、横山が言ったことは……」

「…………」


 誤解だ、と昭久が言い終わるのを待たずに、深浦は昭久と目が合うなりきゅっと眉根を寄せて、そのまま顔を俯けてしまった。

 それはまるで「僕に話しかけないで」という深浦の精一杯の抵抗のようで、昭久は開いた口をぽかんと開けたまま固まってしまった。


(深浦)


 今、昭久の目には寝癖頭のてっぺんにある深浦のつむじしか見えていない。

 形のよい小さな頭のてっぺんで、右回りに渦を巻いているそれさえも可愛いと思えてしまう昭久は、もうどこかおかしくなっているのかもしれない。


「よし! これで先日のデートについての反省会は終了だな」


 ひとりスッキリとした様子の横山が、テーブルの上に広げたレポート用紙を重ねながら満足そうに言った。

 空気を読むという行為が完璧に欠落している横山。彼に昭久と深浦の間に流れている微妙な空気が読めるはずがなく「これは深浦くんにあげよう。今後の参考にするといい」と言って重ねたレポート用紙の束を深浦の前に置いた。


「…………あ……ありがとう」


 深浦が微かに顎を引く。


「いや、お礼が言いたいのはこっちの方だ。とても参考になった。ありがとう、深浦。そして昭久」

「そんなこと」

(俺は、ついでかよ)

「今回の経験を踏まえて深浦くんにも幸せが訪れることを期待しているよ! それじゃあ俺は約束があるからここで失礼!」


 いつになく機嫌の良い様子でそう言うと、横山は颯爽と学食から出ていった。


「なんだあれ」

「――横山くん、彼女ができたんだって」

「………………はあ!?」


 昭久の声が学食内へ響きわたる。

 想定外のことに驚きを隠せない昭久をよそに、深浦は俯いたままぽつぽつと話し始めた。


「この間のデート、洋服だとかは何とかなったんだけど、お化粧とか髪型だとか僕と横山くんではどうしようもなくて」

「…………」

「たまたま同じ授業を取ってる女の子で、すごくオシャレな子がいて……横山くんがその子に相談して、それで」

「あの横山が……」


 話が合って、なぜか付き合うことになったらしい。

 横山に彼女ができたことも驚きだが、それ以上にあの横山が自分から女の子に話しかけたことも驚きだ。それだけ横山も成長したということか。


「彼女、坂口さんって言うんだけど」

「何だって、坂口!? あの坂口美咲?」


 横山と付き合うことになったという坂口美咲。彼女は学内の男子学生の憧れの的で、どんな男が迫っても誰ひとりとして落とすことのできない難攻不落の高嶺の花だ。

 そんな彼女が一体、横山のどこに惹かれたというのか。


 大げさに驚く昭久を深浦が上目使いでちらりと見た。

 ややずり落ちた眼鏡から覗く、くるりとした瞳に昭久の胸が小さく跳ねる。


「…………」

「あー、や、ごめん」


 特に深浦から責められたわけでもないのに、昭久が「ごめん」と頭を下げる。それでも深浦の表情は動かない。


「――それで、この研究会も今回が最後だって」

「マジか」


 横山が女の子とお近づきにるために作った集まりだ。横山に彼女ができたのなら解散は妥当なところだろう。


「……あの、新田くん」

「深浦、さっきの横山の話だけど」


 テーブルを挟んで昭久と深浦が同時に口を開く。


「ごめん。深浦、なに?」


 昭久が促すと、深浦は少し迷ったように一旦口を噤んで、そして言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


「…………あの、新田くん」

「うん」

「新田くんも羨ましい?」


 何が?と首をひねる昭久のことを深浦が窺い見る。


「横山くんに彼女ができて、新田くんも羨ましい?」

「あー……まあ、恋人ができたのは普通に羨ましいかな」


 深浦が恋人になってくれたらもっと嬉しい。

 そう思っても昭久にはそれを気軽に口に出すことができない。


「…………」

「深浦?」

「僕、あれから……あのデートの日からずっと考えていたんだ」


 そう言うと、深浦は俯けていた顔を上げた。

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