火曜日の午後二時。

 学食のいつもの席に座るいつもの三人。

 ただひとついつもと違うのは、これまで必ず昭久の隣に座っていた深浦が今日はなぜか横山の隣に座っていることだ。

 たったそれだけのことなのに、昭久は何だか面白くなくて横山へ恨みがましい目を向けた。


(それにさっきからこれは何の罰ゲームなんだよ)


 テーブルの上に広げられた数枚のレポート用紙と写真。

 写真に写っているのはお約束どおり昭久と深浦の例のデート現場で、レポート用紙に書かれているのは二人のデートについての詳細な内容とそれについての横山の所見だ。


 それを横山が昭久と深浦の二人に自身の感想を含めて報告している。


「さっきも言ったと思うけど、待ち合わせ時間については俺の予想に反して昭久がずいぶん早くから来てたから、深浦が来るまでどのくらい待ったのかがわからないんだけど」


 何時に来たんだ?と、横山が昭久に尋ねた。


「別に何時に来たっていいだろ。何でそんなことをお前に教えないといけないんだよ」


 張り切って早くから来てましたなんて、まるで昭久が深浦とのデートをものすごく楽しみにしていたみたいじゃないか。

 それを深浦の前で言うなんてどんな羞恥プレイだ。


「えっ……新田くん、あの時は今来たところだって……」

「そういう時はどれだけ長時間待たされても、俺も今来たところなんだと爽やかに答えるものなんだ」

「なるほど、今来たところ……と」

「深浦。爽やかに、がポイントだ」

「あ、うん」


 横山の隣でメモをとる深浦。


「……あの、深浦? 何をやってんの?」

「何って、先日のデートについての反省点を振り返って、本番のデートに向けての参考にしているんじゃないか」

「横山、お前には聞いてないから」

「さてと、次にポイントになるところは……」

「ちょ、おい。無視するなよ」


 昭久のことは完全スルーで、横山がレポート用紙を捲る。


「ああ、深浦が知らない輩に絡まれたんだったな。これは昭久が悪い。デート中に相手を放って自分だけ買い物に行くのはダメだな」


 これまで誰ともデートをしたことがない横山がもっともらしく言う。


(だから、何で俺がお前にそんなことを言われないといけないんだよ)


 横山へ文句を言いたいのはやまやまだが、どうせまたスルーされるのがわかっているため昭久はぐっと言葉を飲み込んだ。


「だが、あの短時間でさりげなく深浦のものまで買ってしまうとはさすがだ。そういうところはソツがないというか、あれだ。ダテに何人もの女の子とデートをしたことがあるだけのことはある」

「ちょ、おい。横山、変なこと言うなよ」


 昭久が深浦のことをチラチラと見ながら横山を制止する。


「俺は事実を言ったまでだが」

「みっ、深浦? こいつの言うことを間に受けるんじゃないぞ。こいつ……横山はなんでもちょっと大げさに言うところがあるんだ」

「何を言うんだ、昭久。俺はいつも本当の……っ」


 このまま放っておいたら何か余計なことまで暴露されてしまいそうで、昭久はテーブルを乗り越え横山の口を塞いだ。


「あの……わかってる。新田くんが女の子から人気があるのは知ってるから」


 横山の隣で深浦が控えめに言った。

 深浦の口から「女の子から人気がある」と言われて、昭久の心の端っこがしくりと嫌な感じに疼く。


「深浦」

「横山くん、続きをいいかな」


 何事もなかったように深浦に促され、横山による昭久たちのデートの反省会が再開された。

 今日はいつにもまして深浦と昭久の目が合わない。


(一昨日、だもんな。深浦も意識してるのかもしれない)


 事前に横山が二人の後をついて行くことを昭久は知らされていたが、途中からは横山の存在をすっかり忘れていた。


 そして横山に見られている所で昭久は深浦に「好き」と言ってしまったのだ。

 後になってからしまったと思ったが、まさかこんな形で昭久らの行動を晒されるとは想像もしていなかった。


「――だからここで一旦、休憩を入れたのは良かったな。街中を歩いていたら何が起こるかもわからない。やはり、事前に休憩できそうな店がどこにあるのかを把握しておくのは大事だな」

「……うん、そうだね」


 また深浦がメモをとる。

 きっと『休憩場所を把握しておくこと』とか書いているのだろう。


(ご休憩できる場所なら俺も結構詳しいけど……そうだ。今度、深浦を連れて行ってみようか。深浦、ああいうところは絶対に行ったことないよな)


 昭久の脳内で、初めてラブホを訪れた深浦が、大きなベッドや中が丸見えなシャワールームを見て、真っ赤になってたじろいでいる姿が再生された。


(新田くん、どうしよう。お風呂が丸見えだよ……とか言って)


 昭久の顔がだらしなく緩む。

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