5
※※※
「送ってくれてありがとう」
単身者用のこじんまりとしたアパートの前で深浦がやっと口を開いた。
今日は一日楽しそうにしていたのに、深浦はファーストフード店を出てからひとことも喋らなかった。
もしかして気づかない間に深浦の気にさわることでも言ってしまったのだろうかと、昭久は帰り道ずっと気を揉んでいた。
だが「ありがとう」と言って笑顔を見せる深浦を見るかぎり、怒っていたわけではなさそうだ。
「デートで女の子を送るのは男の役目だしね」
肩を竦め、わざとふざけたように昭久が答える。
男の役目。などと言ってはいるが、実のところ昭久自身、深浦とまだ一緒にいたかった。
ファーストフード店を出たところで、駅の改札口で、何度か深浦と別れるきっかけはあった。
だけどその度、あとちょっと、そこのコンビニの前を通ったら、と心の中で深浦との別れを先伸ばしにしているうちに、とうとう深浦の住んでいるアパートまで来てしまったのだ。
「…………」
「えーと」
ありがとうと言ったきり、また口を閉ざしてしまった深浦を前に、昭久が何か言わなければと言葉を探す。
こんな時、女の子相手ならいくらでも歯の浮くような台詞が出てくるのに、なぜか今、昭久の頭のなかは真っ白で、気の利いた言葉のひとつさえ全く出てこない。
かといってこのまま「はいさようなら」と帰ってしまうのも嫌だ。
らしくない気持ちをもて余し、昭久は落ち着きのない様子でコートのポケットに手を突っ込んだ。
(――――あ)
指先に触れたものを昭久がポケットから取り出す。
「深浦。はい、これ」
そのまま、その手のひらに乗るくらいの大きさの小袋を昭久が深浦の前に差し出した。
何のことだか解らず首を傾げる深浦に、昭久が「ストラップ」と、袋の中身を教える。
「あのとき買ったんだ。深浦にあげるよ」
「え……でも、あれは僕より新田くんに似合うと思ったのに」
「それは深浦に。開けてみて」
昭久に促され、袋から中身を取り出した深浦が目を瞠った。
「え、これ」
ころんとしたてんとう虫が葉っぱに乗っているデザインのそれは、葉っぱの端にあのクロスと同じ緑色のガラス粒がはめ込まれている。
「男にあげるのにちょっと可愛すぎたかな? だけど深浦に似合うなと思って」
「……ありがとう」
「俺も深浦に選んでもらったやつ買ったんだ。今日の記念に貰ってもらえると嬉しい」
「うん。ほんとにありがとう。すごく嬉しい」
嬉しそうにストラップを眺める深浦を見ていると、昭久も嬉しくなる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます