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映画も見たし、食事もした。ちょっとしたアクシデントもあったが、ウインドーショッピングもした。
「あとは何が残っているんだ?」
いつもの調子を取り戻した昭久が深浦に尋ねた。
時刻は午後五時半。
二人のいるファーストフード店の店内は、まだ多くの学生やカップルなどで賑わっている。
時間もまだ早いし、あとひとつふたつは何か横山からの指示がありそうだ。
「えっと……この後は……」
昭久から尋ねられて、深浦がバッグの中からごそごそと折りたたまれたレポート用紙を取り出した。
広げたそれには今日のデートプランが事細かく書かれている。
「…………」
深浦は黙って書かれた内容に一通り目を通すと、そのまま外へ目を向けた。
窓から外を眺める深浦の横顔が少し寂しそうに見えるのは昭久の気のせいだろうか。
「深浦」
気がつくと昭久は深浦の名前を呼んでいた。
「――外、もう暗い」
昭久の呼びかけには応えず、深浦が外へ顔を向けたまま独り言のように言った。
それにつられたように、昭久も窓の外へ視線を移す。
広いガラス壁の窓から見える街並みはすでにうっすらと暮れはじめていて、あちこちの建物にぽつぽつと灯りが点っている。
「そうだな」
「……夏だったらよかったのに」
深浦がぽつりと呟いた。
「夏だったら、もっと遅い時間まで明るいのに」
「深浦?」
「この予定表だと、今日は日が暮れたら終わりなんだって」
今度は昭久の方を向いてそう言うと、深浦は寂しげに笑って予定表の紙を昭久の前に広げた。
そこには確かに『日が暮れたら彼女を家まで送る』と書いてある。
「新田くん……僕、帰りたくない」
「深浦」
これまで昭久がしてきたデートパターンだと、女の子が「帰りたくないの」と言ったら、これは即お持ち帰りコース確定だ。
だが相手は深浦。それに今日のデートはあくまでも「人間観察・研究会」の活動の一環であって、お付き合いしている二人のきゃっきゃうふふなデートではない。
「僕、人付き合いが苦手で、友達とこうやって一緒にどこかへ出かけたりとかしたことがなかったんだ。だから、今日はすごく楽しくて」
深浦が紙に書かれた内容を黙って目で追う。
そして今日あったことを思い出しているのか、書かれた内容を目で追いながら時折楽しそうに目を細めた。
そんな深浦の様子を見ていると心の奥がきゅっと苦しくなり、昭久は堪らず深浦の手を取った。
「あのさ……深浦さえよければ、またこうやって遊びに行こうよ。そうだ、次は二人だけじゃなくて横山も誘ってさ」
「新田くん」
「な? 横山はちょっと変わったところもあるけど、いいやつだし。もちろんその時は深浦も男の格好で……」
ふいに昭久の携帯が鳴った。
「……横山からだ。深浦、ちょっとごめんな……はい、俺だけど」
『昭久、今からメールする』
「は?」
ひとこと、横山はそれだけ言うと通話は切れ、直後、昭久の携帯からメールの着信音が響いた。
もちろん相手は横山。
一体なんなんだと昭久はメールを開き、内容を確認すると何とも微妙な顔をした。
「新田くん、どうかした?」
「あ……いや、何でもない。まあそういうわけだからさ、今度は横山も一緒に。そうだ! 次は頑張って女の子に声とかかけてみるか?」
「……えっ!?」
「だって深浦も彼女が欲しいから横山に付き合ってやってるんだろ? やっぱりこういうことは実際に自分で動かないとダメだと思うんだ」
昭久がそう言うと、深浦は一瞬眉根を寄せて複雑な表情をしたが、すぐに「そうだね」と、少し笑って力なく頷いた。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
先に立ち上がった昭久が深浦へ手を差し出す。
「…………」
「深浦?」
目の前に出された手をじっと見たまま動かない深浦。
昭久が「行こう」と声をかけると、深浦がやっと昭久の手を取った。
さっきはまだ薄明かるかった窓から見える景色はすっかり暗くなっていて、空にはぽつぽつと星が見えていた。
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