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「食う?」
昭久がフライドポテトの入ったケースを深浦の方へ向けた。
だが、深浦はいらないと言って首を横に振った。
さっき映画を見た後に食事をしたときもそうだったが、食が細いのか深浦はあまり多くは食べない。
「深浦、お前さっきもあんまり食べなかっただろ? お腹すかないのか?」
「…………ん。今日はちょっといっぱいいっぱいで……僕のことは気にしなくてもいいよ」
そう言うと深浦はミルクティーの入った紙コップを両手で持ち、ストローに口をつけた。
淡いピンク色のリップで彩られた唇がストローを咥える。
(――――あ)
薄く開いた深浦の唇の隙間から舌先が見えた。
ちらりと見えたそれが妙に赤くて、そこに昭久の目が吸い寄せられる。
「新田くん?」
どうかしたのか、と深浦から名前を呼ばれ、昭久は深浦の口元から慌てて目を逸らした。
「へっ? や、あ、まあ……うん。食欲がないのならしょうがないよな」
「ごめ……じゃなくて、ありがとう。心配してくれたんだ」
「心配というか、まあそんなところなんだけど。深浦も慣れない格好で休みの日に男とデートとか、普通に考えて食欲なんて出ないよな」
今日は横山のアホに付き合わせてしまって悪かったなと昭久が笑うと、深浦は「そうだね」と言ってそっと目を伏せた。
「その……深浦。さっきはごめん」
「えっ?」
「さっき変な奴に絡まれてただろ? あれって俺が深浦のことをほったらかしにしたからだよな。だから、ごめ……」
「そんな、謝らないでよ。あれは僕がぼけっとしていたのが悪いんだ。それに、ああいうの今までも何度かあったし」
「へ? 何度かあったって、ナンパがか? まさか…………男から? え、待って、深浦っていつもは普通に男の格好してるよな」
「うん。そうなんだけど……」
そう言うと、深浦は恥ずかしそうに顔を俯けてしまった。
「深浦?」
恥ずかしい話なんだけどと、前置きをして深浦が口を開く。
「さ、最初は普通に道を聞かれたりとかなんだけど、いつの間にか相手の人が変な感じになって、どこかに連れていかれそうになったりとか。おかしな感じじゃないからと思って、聞かれた場所に案内してたら変な店に着いたり……あ、でも変なことはされてないよ。いつも相手の人が……」
「――――ちょっと待て」
さらに続けようとする深浦へ昭久が待ったをかけた。
(深浦……今までよく無事だったな。これは、あれだ。天然? 鈍感? 違うな、もっとぴったりくる言葉……)
昭久が深浦の方へ顔を戻す。
視線を感じた深浦がストローを咥えたまま目だけを上げた。
「………………っ」
なぜか深浦の目が涙で潤んでいる。
何かを咥えるように俯き、涙目で困ったように昭久のことを見上げる深浦。
角度が絶妙すぎて昭久からは深浦の咥えたストローがちょうど隠れて見えない。そんな深浦の姿は少し見方を変えると、昭久にとある行為を連想させた。
「…………」
目の前にいるのは深浦だ。わかっているのに、自分の方をみている深浦と目が合うと、つい、さっきちょっとだけ見えたあの赤い舌で舐められたらどんな感じなんだろうかといけない妄想をしてしまう。
昭久は微妙に反応してしまった足の間のモノをごまかすように足を組みかえた。
(――――魔性。しかも本人は無自覚とか)
そうこうしていると、それまで潤んでいた深浦の目から溢れた涙がぽろりとこぼれた。
「みっ、深浦? どうしたっ?」
もしかして深浦をオカズにしたいけない妄想が口から出ていたのかと、昭久が慌てた様子で目を瞠る。
「にっひゃふん……えあ、いひゃい……」
「み……深浦、その、喋るなら口を離そうか」
「ん」
昭久に言われて、深浦が頬にかかった髪を片手で押さえながらゆっくりとストローから口を離す。
別になんてことはない仕草なのに、深浦がそれをすると何かいけないものを見ているような気がして、昭久はさりげなく深浦の口元から視線を逸らせた。
「新田くん」
顔を上げた深浦の目からさらにぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「え、深浦っ!? ちょ……お前、大丈夫かっ?」
昭久が驚いている間にも深浦の目からは次々と涙があふれ、ぽたぽたと落ちた水滴でテーブルの上にいくつもの小さな水溜りができた。
「どうしよう……新田くん」
どうしようは昭久の方だ。
ファーストフード店で向かい合わせに座る男女(片方は男だが)のカップルで、女の子(実は男だが)が「どうしよう」と言いながら泣いている。
そんな様子が周りの注目を浴びないわけがなく、男性からは半ば同情を含んだ目を、女性からは敵意のこもった目を向けられ、昭久は椅子の上で固まったまま身動きがとれなくなってしまった。
(おい……ちょっと待ってくれ、俺は何もしてないぞ)
深浦のことを考えて、昭久は店内の奥まった場所の席を選んだつもりだった。だが、開放的な空間がコンセプトのこの店、通路に面した壁が全面ガラス張りになっているため昭久たちの様子が外からまる見えになっている。
店の中と外から「女の子を泣かせている最低な男」という刺さるような視線を感じて、昭久はますます身の置きどころがなくなった。
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