昭久の手から力が抜けると、それを待っていたかのように男は慌てて昭久から離れた。


「かっ、彼女もちだからって調子に乗ってんじゃないぞ! そんなノリの悪い女なんか誰が相手にする、か…………っ」


 やられたままでは悔しいと思ったのだろう、男が思い切り逃げ腰で昭久たちに捨て台詞を吐いたが、昭久と目が合うと恐れをなしたようにその場から走り去って行った。


「新田くん」

「深浦……悪かっ……」

「ごめん。僕がぼけっとしていたから、新田くんに迷惑かけちゃった」


 深浦がぺこりと頭を下げる。

 人見知りな深浦を人通りの多いところに一人きりにしてしまった。しかも深浦は女の子の格好をしている。普段よりも心細かったに違いない。

 本当なら昭久が深浦に謝らなければならないのに、深浦から先に謝られてしまい、昭久は言いかけた言葉を続けることができなくなってしまった。


「――――どこか、座ろうか」

「え?」

「結構歩いたし、深浦も慣れてない靴で足、辛いだろ?」

「あ、うん……ごめん」

「謝らなくていいから」

「ごめ…………わかった」


 深浦を相手にするとどうも勝手が違う。

 今だって、深浦を責めるつもりなんて全くないのに、昭久の口調が素っ気ないものになってしまう。


(あー、もう! 違うだろ。絡まれてたのだって深浦は全然悪くないのに、何やってんだよ俺)


 目についたファーストフード店で席に着くなり昭久は頭を抱えた。


「新田くん、僕、何か買ってこようか? お腹空いてる?」

「や、いい。俺が行く」


 腰を浮かせる深浦を制して昭久が席を立つ。

 さっきのナンパもそうだが、深浦を一人で行動させるのはどうも気が進まない。

 今も自分が行くと席を立ったのはいいが、昭久が席を外した隙に、深浦がまたさっきのような輩に絡まれたらと思うと気が気ではない。


「…………一緒に行くか?」

「えっ」

「ほら、深浦もなに買うか自分で選びたいだろ?」


 深浦をひとりにさせたくないからなんて、同じ年の男に言うのもどうかと思うので本心は言わない。


「でも、席はどうしよう」


 日曜日のファーストフード店は、時間に関係なくそこそこ客がいる。

 昭久は場所取りに座っておくよと言う深浦の手を取り、強引に立ち上がらせると、自分が着ていたコートをテーブルの上に乗せた。


「これで大丈夫だろ。行くぞ」


 深浦は驚いたように目を見開き、自分の手を昭久のことを見比べると、少しだけ嬉しそうな顔で首を縦に振った。

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