第4話 必殺技か大道芸か

 何時の頃からだったか、剣術の訓練をしている最中に感じる事があった。

 この斬撃は良いできだ、と。

 剣を振る。何百、何千、何万と繰り返してきた行為だ。そのうちの百に一つ、千に一つ、万に一つ。いつ訪れるのか予想できないその感覚は「いつもに比べれば良いできだ」程度から、「これなら何でも斬れるんじゃないのか?」と錯覚させるほどのものまで様々な段階に渡る。


 そしてこれも何時のころからか、こう考えるようになった。

 あの感覚とともに実際に斬ってみたらどうなるのか、と。


 標的に向かって剣を構え、意識はその二者にのみ集中する。

 傍からは微動だにしていないように見えるが、実はそうではない。

 繰り返されるのは試行である。

 構えた状態から斬撃を放つ動作に移る直前の一瞬、初期動作の起こりとして僅かに筋肉が緊張する。その時点で「あの感覚」が訪れれば良し、訪れなければ再び筋肉を弛緩させてやり直す。もとより百に一つや千に一つという稀な感覚だ。その中でも「斬れる!」と確信に至る確率は限りなく低い。限りなく低いその確率を掴まえて、放った斬撃は……金属の甲冑を切り裂いた。


「初めて成功したのがそれでな」


 サイオウは地面に転がる古びた甲冑を剣先で示した。


「今なら斬れる。そう確信できる瞬間に剣を振り下ろしたら本当に斬れた。何故かはわからないが……斬れるんだから仕方ない」

「仕方ないって、おい」


 サイオウの説明を聞いてもサントスは理解できなかった。

 サントスも兵を経て騎士となった男だ。剣術は人並み以上に修めている自負があり、訓練馬鹿のサイオウほどではないにしても日頃から鍛錬を欠かしていない。であるから、サイオウが言う「よいできだ」という感覚そのものは理解できる。できるのだが、そこまでだ。自分がその感覚を得て剣を振るい、それで甲冑を斬り裂けるのかとなれば、それは無理だと思う。


「今回のこれが二度目だ。見てのとおり斬るまでに時間がかかり過ぎる。実戦では使いようの無い大道芸みたいなものだ。だからな、あとやるべきはこの時間の短縮だ。斬り合いの最中にも瞬時に放てるくらいにな」

「そ、そんなことができるようなったら……」


 昨日までの酒飲み友達が、今日になって全くの別人に変わってしまったような、そんな錯覚に襲われ、サントスは声を詰まらせていた。

 先ほどサイオウが甲冑を斬るまでに要した時間はどれほどだったか。

 正確なところは判らないが「実戦で使えない」のは間違いない。いくら必殺に等しい威力を有していようと、放つまでに時間がかかり過ぎれば潰される。使えない。使えるとすれば、これまたサイオウが述べたように大道芸か。金属甲冑を剣で切り裂く驚異の技として売り出せるだろう。

 だからこそ、いまならまで洒落で済む。

 だが。

 もしも致命的な欠点である時間が短縮されてしまったら。

 もう洒落では済まない。

 もはや剣の勝負でサイオウに勝てる者はいなくなる。剣で金属を斬れるなら、サイオウ相手には「受け」や「止め」といった防御技術がほとんど使えなくなる。そしてサイオウはトーナメントにおいて最短無血の記録付きで優勝してしまう超一流の使い手。超一流を相手に「避け」だけで凌ぎきるのは至難の業だ。


「どうした、急に黙り込んじまって」

「あ? ああ、そうか話を戻そう」


 どうなるかわからない先の話に思い悩んでいても始まらない。サントスは訓練場を訪れたそもそもの用件を済ませてしまおうと思い直した。


「言ったようにお前の入団は二週間後だ。それまでに騎士団の制服と正式装備を揃えておけよ。さっき渡したプレートな、あれがあれば武具製造組合での買い物は便宜が図られる」

「おう」


 サイオウの口元が僅かにほころんだ。

 上級職たる騎士には式典等に参列する機会もあり、装備品にも相応の格式が要求される。自身で選んだ実用の装備品の他に、式典用の正式装備一式まで揃えなければならず、全てを平兵士の懐で賄うのは無理というものだ。

 そこでプレートの出番だ。

 プレートにはサイオウの騎士団入団が決まった事と、彼の装備品に関しては一時的に騎士団が費用を負担する旨が記されている。入団後の俸給から一部を割いていずれは返済しなければならないとはいえ、これがあればサイオウにも騎士の装備が揃えられるのであった。


「有り難く使わせてもらおう。こいつがあればこれまで手が出せなかったような上等な剣が買えるからな」

「おいおい、ちゃんと鎧とかも買えよ?」


 サイオウの家の有様を思い出し、サントスは笑い含みに釘を刺していた。サイオウには刃物を収集する癖があり、自宅は様々な刃物で溢れかえっている。小さなナイフや包丁から各種の剣、斧や鉾槍にいたるまで。平兵士の俸給で買える程度の品々だが数はやたらと多い。マニアである。本人は「刃のついた武器ならなんでも使いこなして見せる」と言って憚らない。

 そんなサイオウがあのプレートを手に武具屋を訪れたら。

 先ほどとは別な意味で洒落にならない未来をサントスは思い描いてしまった。


 自身の性癖を自覚しているサイオウはサントスが何を心配しているのかが判り苦笑するしかない。


「わかってるさ。趣味は趣味、仕事は仕事で割り切ってる」

「そう願うぞ」

「ああ、それじゃあまた飲みに行こうぜ」


 話を終えると、サイオウは再び剣を手にして甲冑に対峙してしまった。

 訓練場でのサイオウはいつもこんな感じなので、サントスは半ば呆れながらも「その時は戦利品を見せてくれよ」と言い残して帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

守護者創造計画 墨人 @panyon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ