第3話 斬撃

「試して、結果は出た。ならばもうここに通う必要はあるまいに」


 十四年間積み上げた訓練の成果が最短無血でのトーナメント優勝だ。それまでサイオウをうだつの上がらぬ万年平兵士と侮っていた若手は度肝を抜かれ、人柄には好感を抱きつつ成果を上げない彼を評価する事ができずにいた上官などは驚嘆させられた。そして文句無しの騎士団入りだ。訓練場に通い、トーナメントに出場する目的は果たされたとサントスは思った。


 しかしサイオウは「いや、違う」と首を横に振った。


「剣術の訓練に区切りを付けると言ったんだ。まだやらなきゃならない事がある」

「なんだ? 今度は魔法でも習って魔法剣士にでもなるつもりなのか?」


 揶揄するようなサントスに、サイオウは「いや、違う」と同じ言葉を繰り返した。

 そもそも魔法は難しい。余程の才能に恵まれていなければ実戦レベルの魔法使いになどなれないし、ましてや騎士団と双璧をなす魔法師団入りなど夢のまた夢。その道がまず不可能であるのは言ったサントスも言われたサイオウも承知しているし、互いが承知している事もまた承知していた。


「馬鹿を言うな。俺は剣一本でいく。あれだ、あれを見ろ」

「あん?」


 サイオウが顎で示した先には、先ほどまで彼が対峙していた標的用の甲冑がある。これは地面に深々と打ち込んだ丸太に使い古しの甲冑を着せて、人間に対するのと似た感覚で剣の打ち込みを練習できるようにと用意されているものだ。


 ここでサントスは一つの違和に気付く。

 そう言えば、サイオウは実剣をもってこれに対していたな、と。


 標的用甲冑での練習には木製の模擬剣を用いるのが普通だ。普通の剣では刃毀れして剣を傷めてしまうし、標的の方も長持ちしない。目の前にある甲冑も至る所にへこみを作っているが剣で斬りつけたような跡はなかった。


「あれがどうかしたのか?」


 標的用甲冑は剣の鍛錬を行う場にはありふれている。騎士団の訓練場にも同じような物はあり、今更見せられたとしても新たな発見などあろう筈もない。


「それじゃない。そっちの、それだ」

「どれだよ……っと、こいつか。ん……」


 それを見て、サントスは眉を顰めていた。

 目立たないように片付けられていたため最初は目に付かなかったが、一組の甲冑が地面に転がされていた。まるで波打っているかのように凸凹したそれは標的として随分と使い古されているようだ。が、それだけなら標的として使っていればいずれはそうなるだろうという当然の結果である。

 一点、異常な点がある。

 甲冑の胸甲部分にばっくりとした大きな裂け目が開いているのだ。


「こりゃあ……魔法か?」


 サントスの眉は顰められたままだ。使い古されてボロボロと言えども金属製の甲冑だ。ここまで大きく綺麗に切り裂くなど魔法を使ったとしか思えない。そして訓練場には魔法を練習する場も別にあり、ここは剣術の為の場所だ。そうした区分を弁えない無作法者がいるのかと、そう思った故に眉は顰められている。

 そんなサントスに対し、サイオウは「いや、違う」と三度目となる否定を繰り返した。


「魔法じゃないんだ。やってみせるから見ていてくれ」


 言って、サイオウは先ほどと同じように剣を構えた。立てられた甲冑に向ける目にも鋭さが戻っている。「なにをするつもりだ」との問いを、サントスは声になる前に飲み込んでいた。ここに至ってサイオウの次の行動を読めないほどボンクラではないし、何よりもサイオウの迫力はさしもの騎士に軽々しく声を掛けるのを躊躇わせるほどであったのだ。


 構えたままサイオウは動かない。固まったように微動もせず、ただ甲冑を見据えている。そうしてどれほどの時間が過ぎたのか。張りつめた空気に感覚を狂わされたかサントスには正確なところは判らなかったが、実際には数分と言ったところか。不意にサイオウがくわっと目を見開いた。


「やるぞ!」


 気合の声と共に一歩を踏み込み、剣を打ち込むサイオウ。金属と金属がぶつかり合う耳障りな音をサントスは予想したが、それは裏切られた。聞こえたのはぶつかり合う音ではなく、それはそれで不快な類の音――金属同士を擦り合わせるような擦過音だったのだ。サイオウの打ち込みの強さと深さを考えれば聞こえる筈の無い音だ。


 その音が何を意味するのか。

 思い至ったサントスは慄きと共に、サイオウの剣を受けた標的を見た。

 裂けている。

 標的となった甲冑は、地面に転がる甲冑と同様に胸甲を大きく切り裂かれていた。さらには甲冑の中、支柱となっている丸太にもざっくりと深く切り込んだ跡があった。


「斬ったのか……」


 サントスは背筋に寒いものを感じていた。

 金属の甲冑は”斬る”攻撃に対しては絶大な防御力を有している。甲冑を着た者同士の戦いでは、手にした武器が剣であっても”斬る”のではなく”叩く”ような使い方になるものだし、よしんば”斬る”という剣本来の使い方をするにしてもパーツの継ぎ目や隙間を狙うものなのだ。間違っても正面から斬りつけて斬れるものではない。

 だがサイオウの斬撃はその不可能事をやってのけた。

 正面から甲冑を切り裂き、中の丸太にも深い傷を残している。


 つまり、サイオウの斬撃の前には金属甲冑の防御力は意味をなさない。


 そこで一つの可能性に思い至り、サントスはサイオウの手にある剣に注目した。

 しかし可能性は即座に否定される。


 もしかしたら剣そのものが特殊な代物――いわゆる魔剣の類ではないかと考えたのだ。魔剣であれば魔法と見紛う結果を招くこともできると。だがサイオウの剣は街の武器屋で普通に買えるありふれた剣に過ぎない。どこからどうみても超常の力を秘めた魔剣などではなかった。


「これができるようになったから剣術の訓練に区切りを付ける気になってトーナメントに出た」

「できるようになったと言うが、どういう訓練をすればこんな事ができるようになるんだ?」


 ただの剣で金属の甲冑を切り裂く技。訓練して身に付くものであるならば、サントスはどんな過酷な訓練だろうとやってのける意気込みで問う。そんなサントスに対し、頭を一つ掻き、


「それが……俺にもわからない。剣で甲冑を斬るなんて普通は無理だ。無理を通すには何かしら理屈があったり力が働いたりしているのだろうが、それがわからない」

「わからないだと!?」

「ああ、わからない。全くわからないが……どうすればこれができるのか、体は感覚的に憶えている」


 サイオウは憮然として言った。

 自分の技が「術」と呼んでも差し支えないレベルに達しようとしているのに、その仕組みも何も自分自身が理解できていたいもどかしさを感じているのであろうが……。


「わからないって……なんだ?」


 そんな話を聞かされたサントスのほうがもっともどかしい。

 

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