第八話

 捨丸は、三歳になった。

 秀吉、齢(よわい)五十を過ぎて、ようやく健康な世継ぎに恵まれ目に入れても痛くないという可愛がりようである。


 「殿下、少し、お耳に入れたき儀が」

 側近のひとりが囁いた。

 そして、目をひんむくほど驚いた。

「な、なにっ、このお捨丸が わしの子ではないと!?」

「城中に、そんなウワサが流れているのです。

 とんでもないウワサでございます。どうやら、徳川さまの手の者が」

「なんだと?あの駿河の親父どのが そんなデタラメを」

 金襴緞子の羽織をバタつかせて、烈火のごとく、怒った。

「お茶々、お茶々!!」声をはりあげながら、侍女たちの群れをかき分け、淀どのの元へ急いだ。


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 「これは、大臣閣下。いかがなされました」

 にこやかに迎える淀どのである。

「真赤なウソが横行しとるそうではないか、お捨の」

「ああ、根も葉もないウワサですね」

「お前も知っておったのか、茶々!!」

「落ち着きなされませ。そのようなはずがございませぬ」

「しかし、ウワサの元は 駿河の…… 」

「大坂を攪乱するためでございます。駿河の親父さまなぞ、放っておかれませ」

「ふ、ふむ、そうじゃな」

 淀どのの揺るぎない態度に、秀吉も幼い児がなだめられたように引き下がった。

 淀本人が 画策したことも知らずに。



 その頃、駿河の家康は、秀吉の世継ぎは偽者か!?の疑惑をもたらした、司馬伊織の存在を知っていた。

 彼の、透波、乱波、などを使った諜報網はかなり広く、確実だ。


「市井のただの傾奇(カブキ)者にしては、大胆なことを思いつくヤツ。一度、逢うてみたいものじゃ」

 でっぷりと太った 腹の中で そんなことを考えていた。


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