第七話

 往来は色々な人々で溢れている。京の都の辻である。

 商売人や馬借(ばしゃく)<運送人>に混じって、巡礼や山伏、喝食(かつじき)<寺の僧>や、遊女などが行きかっている。


 中でも、藤色の小袖に長羽織、袴、長い髷(まげ)を背に垂らして歩く伊織の姿は、目立つ。

 ばかりか、後ろから遊女の群れが ぞろぞろと奇声をあげて続く。

「いおりさま、今日もあでやか~~」

「どちらへ~~~」

「さっき、喝食(かつじき)に色目を使われたでしょう」

伊織はくるりと振り向き、両手をパンパンと鳴らした。

「さ~~さ、姐さん方。今日はこれで解散!!」

 女たちが、ぶつぶつ言いながら去っていくと、ひとりの女が残った。

「こりゃ、ナギサではないか。しばらく見ないうちに逞しくなったようじゃな」

 ナギサの眼の奥に爛々とした 炎が見える。

「ふ~~ん、さすが、イズナ使いの姐さんだねえ、ナギサ」

 ずい、と近づいた伊織の手がその小さな頤(おとがい)を持ち上げた。

「今宵のあんたは トゲトゲしくて美味そうだ」

 その手を スルリとかわし、

「あたいをイズナ使いと感づいたのかい」

 ナギサの懐から 竹筒に納まった小さな獣が 眼を光らせている。

「その管狐(くだぎつね)とは、ちょっと、ご縁があってな。道理で他の遊女より、妖し気なわけだ」

「それで あたいのお腹の子に目をつけたってわけ?」

「そうかもしれんな」

「管狐(くだぎつね)の呪術のことを知ってるってことは信濃や越後に、ゆかりが?伊織さま」

 竹筒から首を出した 小さなキツネの鼻づらを撫でながら、ナギサはさも興味深げに言った。

「まあな、わしも管狐(くだぎつね)の呪術は ちと、習うたことがある」

 伊織が 手を伸ばして小さなキツネの鼻面を撫でると、キツネはびくりとして顔を竹筒の中にひっこめたが、また出てきた。

「おやおや、お前、伊織さまになついたのかい?」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ナギサの手首に、水晶の数珠がチラリと見えた。

「その数珠は……」

 伊織の見覚えのあるものだった。

 山里に住まう尼が いつも手にしているのと同じ、朱色の房がついてる。

「もしや、お前、嵯峨野の慶春尼のところへ?」

「おや」ナギサが改めて、伊織を見つめなおした。「そういうことかい」

 ひとりで何度も頷き、

「あの尼さまから管狐(くだぎつね)の使い方を習ったのさ。この妖術は 飯綱権現さまと深い繋がりがあるからねえ。尼さまは、毎日、毎日、飯綱権現さまを拝んでいる。何せ、かつてお慕いされた偉大な方の信仰神だものね」

「慶春尼が、それの妖術を使うところは 見たことがないぞ。人を病気にしたり、落ちぶれさせたり、そんなことは、なさらぬ」

「そうだね、尼さまは そんなことは なさらない。ただ、越後の軍神の菩提を弔うために、飯綱権現を拝んでいるだけ」

 ナギサは 伊織の周りをぐるりと廻って、眺めまわした。

「そうかい~~~、伊織さま、あんたが」

 ナギサの視線が面白半分に傾奇(カブキ)者を見る、それから眩しい人に向けられるように変わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る